2月
作者近況 8月 7月 6月 5月 4月 3月 1月 12月 11月 10月以前

9/30 かなり前に撮影したアクセサリーのリテイク。物々しい立ち合いの割にはあっさり終了し、渋谷の現像所迄フィルムを出しに出かける。現像の待ち時間に中目黒に戻り、久しぶりに髪を切りに行く事にした。

いつもの美容院は中目黒の商店街のかなり奥にあり、そこを目指して歩いていたのだが、途中すぐの所で最近多くなった劇安床屋チェーンが眼に入り、かなりの勇気を出してそこに入って見る事にした。違う床屋に入る事自体10年ぶりぐらいなので少なからず抵抗があったのだが時間の無さと、今の気分が、何か違った事をしてみたいと言う衝動を引き起こしたのかも知れない。そんな事でも可なりの冒険に感じる。

何かが変わったのかと言うと、別に何も無い。内面的にも、外観もそれ程いつもと違うようには感じない。それでは何時もここでも良いのだろうか?確かに昔ながらの前屈みで頭を洗うのは少々辛かったのだが、金額は半分以下。仕上がりもしばらくすればそれほどの違いは無くなってしまうのだろう。物凄いスピードで切って行くので時間も半分以下で済む。

機械のような早さで髪を切られながら漠然といろいろな事を考えた。子供の頃床屋が嫌いだった事、違う店に始めて行った時のこと、引っ越す度に、何処に行こうかとと迷った事など様々な事と一緒に、今の自分が重なって行く。自分に相応しい物はいったいどっちなのだろう。

店を出る時に、妙に恥ずかしく知り合いに会わないように少し慌てた。別にどうでも良いのだが、、、、、


9/29 昨日に引き続き商品の撮影。昨日酷使したせいか腰の痛みがやや強くなった気がする。昼食に出たついでに、隣のビルでやっていた雑貨のメーカーのファミリーセールで時計などを買う。

最近いろいろな事が、私の都合では無く、相手の都合で止まっていて、やる気をそがれるような状況が続いている。そんな事に左右されてはいけないと、思って入るのだが、腰の痛みも手伝って積極的に前に進めない。

昼に行ったセールではいろいろな物を買った。スタジオで使うコーヒーカップのセット、時計が3個、ドアストッパーなどだが、ドアストッパーは高さが低くてスタジオのドアには使う事が出来ず少しがっかりした。写真盾も買ったのだがこれはかなり気にいった。


9/28 小道具や商品を返却用の段ボールに詰める作業をしていたせいで腰が痛い。かなりの量で、大きい箱で7つもあり、撮影でも小道具の洗濯機を台の上にのせる作業などがあり、今日は腰を酷使する一日。

スタートが遅かったせいもあり終了は8時過ぎ。片付けを終え9時半頃自宅に戻り夕食をとる。


9/27 先日手に入れた消磁機を、やっとスタジオに持って行きCRTのモニターに試してみたのだが、劇的な、と言うような効果は無いようだ。もちろん幾らかはすっきりしたのだが、幾らか残っている色ムラは、やはりブラウン管そのものの寿命に因る物らしい。消磁機の磁力は凄い物で、肩こりとかにも効きそうに感じるのだが、実用化されていない所を見ると何かまずい事があるのだろう。何度も試したせいで、手首に力が入らない。

午前中は銀行に出掛け午後からは撮影。やっと普通のペースで仕事が動いているのを感じる。幾つかのクライアントに連絡をとり何枚かの請求書を書く。


9/26 まだ完全に治らない腰をいたわって取りあえず外出するのは控える事にした。少しづつ楽になって来ているのでここでしっかり直しておいた方が良いだろうと思う。当初は運動すれば良いと思って動かしていたのだが、どちらかと言うとあまり無理をしなかった日の方が翌日楽になっているように感じる。

しゃがんだり下の物を拾ったりする事は全然出来ないので、プリント作業を進める事は出来ないのだが、最近気になっているネガをファイルの中から探し出してみた。2000年に撮影した物で、今迄プリントはおろか、ベタさえとっていない物がけっこうある。

かなり気に入っている物があるが、当時手掛けていた展覧会と方向性の違いを感じて手を付けなかったように記憶している。丁度この頃は、カメラを改造する直前で蛇腹の長さに因ってハレーションの目立つ物がある。

プリントしていないネガに限った事では無いが、仕上がりを見ていない作品の方が撮影の時の印象や記憶が鮮烈かも知れない。仕上がってみると記憶は作品にかき消されてしまうのか。


9/25 掃除や洗濯などの雑用を終わらせた後、秋葉原に出掛けCRTモニター用の消磁機を探す。流石にブラウン管は世の中から姿を消しつつあるようで、大手の電器店には置いていない。小さな測定器やパーツの専門店を探し、やっと4000円弱の物を手に入れた。

どの程度の効果があるのかはまだ解らないが、全くダメと言う事は無いだろうと思う。月曜日に試してみるのが愉しみである。何か他の事にも役立てる事は出来ないのだろうか、一度しか使わないのは余りにもしゃくである。

御徒町迄歩き、鮮魚で有名なスーパーでカスベを買う。あまりデパートでは見かけないサカナだが以前煮つけと空揚げにしたらけっこう旨かった。ふかひれと同じようにほとんど軟骨で、からだの痛みに効くような話も聞いている。久しぶりに落ち着いた夕食を家でとる。


9/24 久しぶりに撮影の無い一日だが、月末の経理の処理をしていても電話が多く捗らない。休み明けの現像は事故が多いので気掛かりだったのだが夜になって現像所の仕上がりを店頭で受け取りホット胸をなで下ろす。先日からの腰痛がまだ治らない。

スタジオの古いCRTが遂に凄まじい色になってしまった。知人が捨てると言うのを無料でもらった物なので仕方が無いのだが、かなり帯磁しているらしく、いくらデガウスしてもムラが取れないのである。秋葉原に消磁機を買いに行けば良いのだろうか。ネットで調べると5000円程度であるようなので、修理に出すよりは安上がりかも知れない。ブラウン管の電子銃そのものはまだ大丈夫だと思うのだが、、、


9/23 レギュラーで書籍の表紙を2本と、パンフレットの表紙を1本。いずれもイラストの作家の作品を使った構成で、難易度はそれほど高く無い。夜終了してからは最近出来た近くの居酒屋で食事。祭日なので空いているのかと思ったら、立寄った店はほとんど満員で断られてしまった。

久し振りに会ったイラストレーターから知人の近況を聞き、楽しい酒を飲む。


9/22 久しぶりに遅く迄撮影した。昨日連絡のあった現像中のフィルムの汚染は軽微な物でほっとする。朝早くスタジオに出向いたのだが真夏のような暑さにうんざりし、今年の気象は明らかに異常だと思う。

細かな打ち合わせの後午後から撮影に入り、6カットをこなす。終了は10時過ぎだが明日の為に片付けているとすぐに日付けが変わってしまう。少しは良くなった腰痛だが動かせば治ると言う物でも無いらしい。

少しづつスケジュールの先が見えて来た。そうなってみると来月は仕事はあるのかなどと心配するのだから変な物である。

先日の東京写真文化館のA.アダムスの展示だが、スポット照明の色がチグハグだったのか一点一点の色がやたらと違って見えた。まるで濃いセレンで調色してあるように青みがかった物もあればニュートラルを超えて暖色系に見えている物もあった。実際のプリントはニュートラルに近い物だと記憶しているが、できれば良い条件でもう一度見てみたい。今迄見た他ののプリントよりも非常に質が高い事だけは事実である。

力強い黒、高い植物の再現性、その中にあるブリリアントな白。フィルムの感色性が見事にコントロールされていて気持ちがよい。そんな事を考えていて、色盲や色弱についてふと考え始めた。美術系の学校に入ろうとすると、その手の障害がある者は不可と言うただし書きがあったような記憶がある。今はそんな事は無いのかも知れないが、、、モノクロームに変換された画像にも、個人的な色彩感覚は生理的、心理的に影響を与えているのだろうか?もちろん被写体そのものの記憶や先入観が芸術的モノクロ写真に影響を与えているのは解る。それはどのようなジャンルのモノクロにも影響するのだろうか?

今日の撮影の担当者は先週急に体調を崩し、しばらく休んでいたのだが、その風邪や熱の影響か、急に視力が低下して、昨日眼科に行って来たと言う話からそんな事を考え始めた。彼女の場合、現在目の前に靄が掛ったように、少し曇った世界に入ってしまったらしい。言葉では伝わらないもどかしい感覚である。


9/21 連休前の撮影からやや日にちが開いて久し振りのように感じるのだが、実際には撮影が無かったのは3日間で、昨日もスタジオには雑用の為顔を出している。今日も午後からの撮影なのだが午前中から準備を進め、掃除機を掛けていたら昨日からの腰痛がひどくなってしまった。

難易度の高いカットをやっと終えた頃、先週のフィルムを現像に出してあった現像所から仕上がりを破損してしまったとの電話が入り、落ち込んでしまう。最近は月に一度の割で現像の事故がある。週明けに多いように感じるのだが、自衛策は予備を撮影すると言うような、消極的な方法しか無いのが現状だ。夜遅い連絡だったので確認は明日になる。予備は撮ってあるが気が思い。

時間に追われると言う程のスケジュールでは無かったのだが腰痛のせいかとても疲れる一日だった。遠くに出掛けた為なのかは解らないが、随分視力が回復して、撮影が楽に感じる。


9/20 昨日丸一日車を運転していたせいで、かなりの腰痛になってしまった。運動不足があるのかもと思い、恵比須の写真美術館に出かけるのを、家から歩いて行く事にしたのだが、午前中から蒸し暑く上り坂の道では久しぶりにかなりの汗をかいてしまった。

そんな苦労をして辿り着いた写真美術館だったのだがいざ、チケットを買う所になって何か今の気持ちにあった展示では無いように思え、迷ったあげくに入るのを止め、ショップで写真集を見てその場を後にする事にした。

気を取り直して、今度は赤坂の写真文化館へE.ウェストンとA.アダムスの写真展を見に出掛けたのだが、記憶では確か2部構成で今展示中の物は2部の方らしい。

A.アダムスの方はムラ無くよい作品が展示してあり、久しぶりに心あらわれる気分だが、E.ウェストンの物はたぶん代表作が1部に入ってしまっているのだと思うのだが、結論を見出せずに苦しみ続けた作家の様に感じて息苦しい展示だった。彼の作品からポイントロボスの抽象的な物や一連のペッパーを外してしまうと、頂点を見出せていないような息苦しさと、チグハグな感じがするのは何故だろうか?

この2人を対比させるのは当時を知る写真家にはとても良い企画だと思うのだが、あまり詳しく無い人に取っては少し気分転換が難しいのでは無いだろうか、恐らく私の見ていない1部の方であればE.ウェストンの人となリも見えて来て2つの作品の世界観が対比できてもっと分かりやすい展示だったのかも知れない。

5階のステージの展示は美学校写真工房展をやっており、テーマはポートレート。一通り眼を通しながら感じ始めたのだが、なんだか暗い悲しい気持ちになって行く。かかっている音楽と、他に見ている人がいない事も影響しているのかも知れないが、悲し気な記憶の世界に引き込まれそうな感じだ。額と写真の組み合わせや、展示間隔、などが影響しているのかポートレートと言うテーマでいろいろな人が、額の中に押し込められてしまっているような感じがする。

私の個人的な感覚なのだが、愛情を注いでいるような被写体が大きな額の中に小さく入っていると、死んでしまったように見えてしまうのである。あまりに力強い4階の展示を見た後だからか?


9/19 幾らか体調が回復したように思われて、気分転換の為に車で出かける事にした。当初は海へと考えていたのだが、余りの暑さに山に行く事にした。信州には以前から通った温泉が幾つかあり、泊れる物なら1泊ぐらいと思い一応用意はして出掛けたのだが、連休である事の現状を理解していなかった事を思い知らされ、渋滞の中を夜10時には自宅に戻る事となる。

何処にもいけなかったのかと言うとそうでは無い。朝から関越道を飛ばしたせいで昼過ぎには草津につき、草津の町の人の多さに驚きながら、車の多い道を志賀高原へ向った。ここ迄来ても人の多さは凄まじい物で、とてもゆったり風景を見ながらドライブしている気分にはなれない。仕方だないので万座温泉に向い、宿が一杯なのを確認してから、須坂方面へ古い山道を抜け長野を経由して再び関越で東京に戻る事になる。

万座から須坂に抜ける細い道は、冬場は通行止めになるのだが、80年代にはこの近くの鉱山を撮影する事が多かった為随分走った道である。当時は仕事が終わった深夜に東京を出発していた為到着は夜明け前で、少し仮眠を取り撮影し、昼寝の後また撮影して夕方には東京に戻る事を繰り返していた。

今走ってみると当時に比べて運転はとても楽で、これは車の性能の違いが大きいのかも知れない。さすがに山道は車も少なく久しぶりにゆったりした気分を味わった。当時の車はディーゼルのジープだったわけだから、ハンドルを切っているだけでも結構な重労働である。道も良くなった。

しかしこの付近にあった鉱山の施設の殆どは取り壊されて今は無く、バブル期に開発されてスキー場になってしまったり、企業の保養所になったりで、現在でも撮影できる所は極僅かである。

途中、国道で車を軽く追突されると言うアクシデントがあったのだが、ショックが大きかった割には傷は僅かで、相手が同じイギリス車のレンジローバーだった事もあり名前も聞かずに許してしまったのだが、姑くは、ミラー一杯に大きくなって来るレンジローバーの恐怖が忘れられず、ナーバスになっていたのだが、この道を走ってからやっと楽しいドライブの気分が味わえるようになった。

きっとこの車も手放されるのを気付いているのだと思うと、複雑な心境になってしまった。以前乗っていたミッドシップのスポーツカーも売却の査定が終わって帰り道で追突された。偶然だと思うのだがその時もショックが大きかった割には傷は僅かでそのまま売却される事となったのだが、明らかになんらかの意志を感じる出来事だ。売却する前に何とかドライブに出掛けようと思って出掛けたわけなのだが、複雑な心境になってしまった。


9/18 体調を回復させる為に家で一日を過ごす。昼間も横になり少し眠った。昨日から腰が痛く寝るのも楽では無い物だと思った。夕方久しぶりにベランダのランプをつける。前に灯けた時も久しぶりに休んだ日だったような気がする。昨日迄の事を振り返り、忙しかった事、次の展覧会の事などをゆっくり考える。

9/17 風邪ぎみで体調がすぐれないのだが、比較的楽な撮影で、予定していた夕方前に終了し、栗田さんに会う為に作品を持って銀座に出かける。今回用意したポートフォリオは10点程で、プリントサイズは14X17インチ、私としては大きめの作品となる。マットボードは20x24で、久しぶりに持ち歩くとこれだけでもけっこう重い。体調が良くないのもあるのだが、、、

写真にはいろいろな素材があり、技術的な手法が作家を幾つかのジャンルに分類しているような所がある。プリントワークで言えばオルタネイティブな技法の中でも細分化され、プラチナプリントの作家、と言うような言われ方をしたりするわけだが、比較的拡大ネガの製作が用意になった現在の事情を考えると、印画紙を使い分けるように多くの手法を使い分けて行く事も可能である。

今迄手掛けて来たネガで、どうしても撮影時のイメージが引き出せない作品にはプラチナプリントも試してみる価値があるのかも知れないと、栗田さんの作品を見ていて思った。ゼラチン層の濡れた質感が、被写体とのイメージのギャップを大きくしている場合があるのかも知れない。

広告から転向されてNYへ移住。ファインアートと言う言葉の響きだけでは見えてこない物が沢山ある。ワークショップとギャラリー。今の自分にはかなり縁遠い物なのか。

東京を中心にで活動を続ける事に不満が無いわけでは無い。しかし絶望しているわけでは無い。

自分の作品をを理解してくれる人に出会う度に、自信と言う物なのかは解らないが、写真への一つの確信のような物が見えて来る。それは今迄活動を続けて来た事への物なのだろうか。今は私の気持ちや意志が作品を通して確かに伝わって行くのを感じる。


9/16 午前中の撮影が来週に延期になり、余裕のある一日になった。納品や打ち合わせに出掛け仕事を終わらせた後、写大ギャラリーの栗田紘一朗さんの展覧会のレセプションに出かける。

写大ギャラリーに出向くのは久しぶりで、以前記憶していた目印は全て無くなっており、かなり迷いながらやっと辿り着いたのだが、最後に来た時から20年近くは立っているのかも知れない。恐らくはウィン.バロックか他の西海岸の作家の展覧会を見に来たのが最後だったような気がするのだが、、、ある意味あの頃は良い展覧会が沢山あってその中で私の感性も育まれたのかも知れない。

やっと辿り着いたレセプションの会場は、かなり立派なギャラリーで最近教育機関の管理しているサロンに長く足を運んでいなかった事をかなり後悔してしまった。たしか日芸のギャラリーもとても立派な物だったと記憶している。そう考えてみると沢山ある専門学校もこのような展示スペースを持っているのだろうか?かなり勉強不足な自分を感じる。

会場で栗田さんとコンタクトを取るきっかけとなった遠藤さんに会い、新宿で飲んでタクシーで帰る。


9/15 朝からカタログの撮影。最終的には4人の立会いがあり、切れ間なくいろいろなカットを撮影した。今振り返ってみると何も考えていないホワイトな一日だった。

深夜のスーパーで売れ残っていたイワシの刺身を買って夕食。脂がが乗り始めたイワシは以外と旨く秋になったのを感じた。


9/14 朝からの撮影が終了し、少し時間に余裕ができるかと思った時に、プロダクションから電話があり、先週撮影したカットがクライアントの都合でリテイクになった事を知らされた。最も時間の掛ったイメージカットだっただけにショックは隠せない。

地下鉄で代理店へ納品に向う途中だったのだが、取りあえず打ち合わせに向い、しばらく時間をおいてスケジュールを調整しリテイクする事にした。遅くても月末には撮らなければならない。

今日の撮影も予定の2カットがスタッフの都合で1カットしか進める事が出来なくなったのだが、逆に言えば1カットに十分時間をかける事が出来て良かったのだが、残したカットは、週明けに何とか時間を作って撮らなければならない。スケジュールはどろどろと濁った川のように先が見えない。

決して多くの仕事を抱えているわけでは無いのだが、自分の力ではどうする事も出来ず、自分自身の作品の事と考えあわせていると、苛立たしい気持ちも隠せない。忙しい中、幾つかのプレゼンを乗り越えて行かなければならない。

今日の撮影そのものは、雰囲気のある物で、作業そのものはとても楽しく進める事が出来た。今日納品した先日の料理の撮影も申し分のない仕上がりで見ていても気持ちのよい物である。今日の夜はデジタルの処理が無いので、落ち着いて食事をする事ができる。夜も遅くなってしまったが今の生活そのものに辛い気持ちを感じる事は無い。ここでは無い別の所で燃え続けている自分の情熱を感じる。今日と明日は別のもの。一つに繋がった道の上を交互にやって来る。


9/13 昨日に比べると幾らか体調は良くなった。朝早く車で出掛け企業のショールームを撮影する。昼にはスタジオに戻り、商品撮影を始め、遅い時間に昨日の遅れも含め、全てのカットを終了する。

昨日迄気になっていた、先日撮影したのフィルムの現像は、保留にするべき物を全てノーマルで流してしまったと言う失敗だったのだが、仕上がってみると、テストを見る迄も無く全てノーマルでOKでホッと胸をなで下ろした。

その後は緊張を維持していてミスが無いのかと言うとそうでも無い。今日はポジと併行して撮影していたネガのフィルムを全て現像に出し忘れてしまった。

毎日撮影は続き、緊張は精神的な部分を圧迫している。今日思ったのだが、撮影が終わった瞬間に、緊張の糸も切れてしまっているように感じる。撮っている間は、フィルムも機材も、全神経を集中してチェックしているのだが、終わってしまうと、撮影済みのフィルムなどは、妙に関心が薄くなり、捨ててしまいたいような憎しみのような物すら感じてしまう。アシスタントパートナーが必要なのかも知れないのだが、今を乗り切る事だけで誠意一杯だ。

昨日の体調は最悪だった。今日は幾らか回復している。今は休みたいとは思わない。少しでも多くできる事を前に進めなければならない。それは少しでも多くの資金、できるだけまとまった時間を手に入れる事。

ここ数日で、多くの機材が故障し、予備の使用を余儀無くされている。4X5のカメラはモノレールのストッパーが破損し予備のカメラを使っている。ハッセルはファインダーが破損し新しい物と交換した。ロケ用のストロボはモデリングランプが2個破損し1個は発行用のチューブも交換が必要である。


9/12 かなりひどい体調で仕事のペースが上がらない。熱が高く、身体の痛みがひどい為いろいろな薬を飲んで仕事を続ける。今日のノルマを全て終える事は出来なかったのだが、やっと20数カット、ノルマ迄、10カットを残し断念する。

この厳しいスケジュールも、後1週間。それを乗り切れば、、、、


9/11 朝9時のスタートが10時に変更になり、朝が少し楽になった。担当者が過労の為倒れてしまった事が原因で、急遽違う撮影がセッティングされたのだが、時間に追われながらスケジュールを進めていた担当者には本当に気の毒である。ある意味、勤勉な人から倒れて行くのがこの世界の流れかもしれない。

すぐに代わりの撮影が用意されるクライアントのシステムもさすがと言った所だが、担当者は変わっても今日の撮影が少しも楽になったわけでは無い。時間に追われて走り回る、と言う程では無いのだが夜になる迄かなりのカットを撮影し、8時を過ぎて頃全てのカットを終了する。

昨日の夜の事になるのだが、現像の指示を間違えて出してしまった事に気がついた。後からでは取り返しのつかない事なのだが、その瞬間は、自分でもどうしてそのように、記憶が倒錯してしまったのかが解らない。月曜の仕上がりを見なければ結果は解らないのだが、致命的な、失敗には繋がらない事を祈っている。

記憶力や、集中力の低下が、疲労に因る物なのかは解らないが、何かの理由で一時的に官吏能力を失っていた事は確かである。多くの予備のカットやおさえのフィルムが撮影されている為、致命的な失敗には繋がらないと思うのだが、自分の能力を、ハッキリ自覚しなければいけない時に来ているのかも知れない。昨日の撮影でアシスタントを使っていないのは、私の管理ミスである

いろいろな物が自分の気持ちの中を通り過ぎて行く。昨日のロケの片付けをしていて、先月なくした腕時計をストロボのケースのゴミの中から見つけた。少しも嬉しく無い自分が少し不思議に思えた。


9/10 あまり眠った印象が無いまま朝になり、スタジオで機材を積み込み、スタイリストをピックアップして現場に向う。料理の撮影なのだが、テーマは、おせちとクリスマス。曜日の感覚だけで無く季節迄も喪失してしまいそうだ。

クリスマスのメニューの中には洋風の鍋物があったり、おせちのメニューは器が塗り物が多かったりするせいで、撮影のセットも必然的に大掛かりになり、湯気を出す機械や、厚手のデフューザーなど荷物も多く、アシスタントなしでの撮影はかなり厳しい物があった。

暗くなって現場を離れ、スタイリストを送った後、現像所、打ち合わせ、納品に出かけ、機材をスタジオに戻しラーメン屋に寄る。いかにも金曜の深夜と言う客で混んでいてふと週末である事に気付く。

今日の撮影中のミーティングで代理店の担当者が今月一杯で退社する事を知らされた。我々の中で最も若いスタッフなのだが、退社後は以前から興味を持っていた書道の勉強に専念するとの事で、意外に感じた反面、これこそがこれからの流れなのかも知れないと少し思った。少し眠り明日への力を貯える。


9/9 朝早くスタジオに入り、現像の指示や荷物の到着に慌ただしく対応する。10時を過ぎた頃、デザイナーも到着し撮影を始める事になったのだが、この担当者と顔をあわせるのはほぼ2年ぶり、久しぶりなので、近況などを聞きながら、撮影その物は休む事無く順調に進む。徹夜明けの彼女は辛そうだ。

ここ3日間は、それぞれ別のクライアントが続いている為、偶然なのだが、昼食が全て肉料理になってしまった。最近は肉を食べる事は少なかったので昨日は違和感を感じたのだが、慣れて来たのか今日は別に何も感じない。

明日の撮影の準備を済ませ、経理の処理を済ませる頃には日付けも変わり、自宅に戻って昨日の撮影のデータを処理していると夜が空けてしまいそうである。明日は朝早くからロケで、料理を撮る。アシスタントが捕まらず、大変な一日になりそうだ。


9/8 昨夜の疲れは異常で、作った夕食を食べるのを忘れて寝てしまった。、台風の為の気圧の異常も体調に幾らか影響していたのではと思う。寝てからも1時間おきに眼が覚めて、とても寝苦しい一夜だった。

昨日の撮影は、神経を使うアクセサリーだったのだが、今日は一転して、大掛かりなセットでおもちゃを撮る。夕方迄作業を続け終わってからは、別のクライアントのカタログを撮り。時間に追われながら、昨日のアクセサリーの納品に出掛け、深夜に帰宅する。

毎日の撮影で、データの処理や本番の指示などが遅れ、イライラしている自分に気付くのだが、対応の仕方が思いつかない。後姑くの辛抱か。


9/6 昨日迄の疲れでからだが重く、朝早くからの撮影は捗らない。予定では、今日は3本の仕事を順次こなして行かなければならず、その前にデジタルのデータの処理も済まさなければならない。

最後のクライアントが入ったのは6時過ぎ、終了は10時前、片付けを終えて自宅に戻ったのは深夜になってからである。

この日記を書いていて気付いたのだが、朝早く作ったデータは、何と発送するのを忘れてしまっていたらしい。忙しさで注意力が散漫になっているのだろうか。

今日の撮影で、新しい立体イラストレーターの方とお会いしたのだが、いつもの事ではあるのだが、それぞれの作り出す世界のおもしろさ、すばらしさには、感動させられてしまう。この世界の他に変える事の出来ない輝きを彼女のエネルギーが生み出している。


9/5 昨日に引き続き商品の撮影。15カット程が限界で現像所のポストによってから自宅に戻る。

9/4 カタログの為の商品撮影が15カット程度。土曜日なのだが、朝からクライアントの立ち合いもあり、休みを取る事も無く9時過ぎ迄作業が続く。昨日迄の疲れのせいか、午前中は身体が動かなかったのだが、午後になって何とか調子を取り戻す。

単純な物撮りのような物でも微妙に撮る側や、デザイナーの感性は反映される物で、クライアントとのコミュニケーションが取れている時は作業その物も順調で、仕上がりの結果も良いように感じる。今日のカットは感触が良い。

電話も少なく作業を進め易い一日だったのだが、夜になって激しい雨が降り出した。片付けを済ませ遅い時間に帰宅したのだが、途中ラーメン屋によって夕食を済ませ、ビールでは無くウィスキーを飲んで横になる。


9/3 午前中から難易度の高いイメージのカットを撮る。今日はある意味イメージ2カットで手一杯と言う予定だッたのだが、できる事なら他の物も少しでよいから進めたい。商品その物は最近多くなったLEDを使った照明器具なのだが、予想していたよりは光量も豊富で、実際の光で難無く撮影する事が出来た。テストのフィルムをチェックしたのだがほぼポラどおりの仕上がりでほっとする。

8時頃全てのカットを終へ打ち合わせに出掛け、深夜に戻ってからは昨日の残りを出力する。忙しい時間の流れに不満を感じる事は無いのだが、渋谷迄、終電間近の込み合った電車に乗っていて、ふと、自分はまだ生まれてから何も作っていないのではと考え始めてしまった。きっと、今の自分に相応しい作品を持ち合わせていない事が気持ちの中でクローズアップされただけだと思ったのだが、過去の物では自分の今の気持ちを埋める事が出来ないのだろうと思った。

先日暗室で新作に向ったのだがどうにも足が竦んで動き出す事が出来なかったのだが、この忙しい日々の中で、少しづつ、自分を動かす力を掴み始めているのだろうか。

今日もスケジュールが調整できず、2件の仕事を断った。わざわざ連絡していただいた方には申し訳ないと思ってはいるのだが、そんな反面きっと代わりは幾らでもいるのだろうと、なぜだかうそぶいてしまう自分がいる。


9/2 今日は殆どの撮影をデジカメでこなした。昨日のデータの処理もまだ全て終わっていないので夜自宅に戻ってからの作業がけっこう大変である。かなりの時間を掛けて昨日の分をやっと済ませたのだが、インデックスを出力していて後一歩の所でインクが足りなくなり、明日の夜の納品には間に合わなくなってしまった。かなり気合いを入れて進めていただけにショックである。

そして今日のデータは明日に持ち越す為処理は週末にずれ込んでスケジュールは更に厳しくなる。毎日撮影している事自体が普通ではあり得ない事なのかも知れない。電話の応対や荷物のやり取りが多く、朝ゴミを出すのさえ時間に追われている。


09/01 午前中は準備や荷物の受け取りの為にスタジオで過ごし、時おり時間を持て余しながらいろいろな事を考える。小道具の到着や現像の仕上がり、テストの指示などが、まばらな時間に入っている為、スタジオをあける事が出来ず、暇な時のサラリーマンのように電話を待ちながらサイトのニュースなどを見て時間を潰す。

午前中着の荷物と言っても8時半頃につく場合もあればさんざん待たせた末に、昼過ぎにつく事もある。かといって一度集配を見過ごすと、午後からの撮影には間に合わなくなったりするからたちが悪い。

朝からコンビニの弁当持参で待っていた甲斐あって、12時頃に全てを確認し、午後の撮影に向けてホット胸をなで下ろす。

これも仕事なのだからサラリーマンであればあまり気にする事も無いのだが、一人で進めていると時間が無意味に流れているようで妙にイライラしてしまうのは生来の貧乏性のせいなのだろうか。ある意味スタジオでもWebのサイトをチェックできるようになって少しは時間が有意義に使えているようにも感じるのだが、、、

そんな中、今迄使っていたPCのつもりで何気なく海外のサイトを見ていた時に、このパソコンには英語の翻訳ソフトが入っていない事に気がついた。もともとはマックを使っていた私がPCを使うようになったのは翻訳用のソフトが充実している事が理由の一つでもあったのだが、全く気付かずにしばらく使っていたと言う事は、最近は、海外のサイトやメールに接する機会が無かったと言う事か。ともあれ近いうちに、できるだけ新しく使い易い物を探して手に入れなければならない。

午後からの撮影は順調に進み、夕方モデルが入ってからは、デジタルで作業を進め、夜になって自宅に戻ってからはデジタルのデータをチェックして調整する。入れ代わり、スタジオを訪れる人から、今日はとても暑い一日だと言う話を聞いたのだが、朝早くから一度も外に出る事が無かったので むしろ寒かったぐらいに思っていて、夕食は湯豆腐にしてしまった。


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