2月
作者近況 5月 4月 3月 1月 12月 11月 10月 9月 8月 7月以前

6/30 午前中少し遅めのスタートで児童向けの月刊誌の撮影。うちで撮影する物は比較的難易度が高い物なのでカット数が少なくても意外と時間がかかる。今日は表紙や見開きのページなどで、4x5のカメラと35のデジカメを交互に使って撮影を進めて行く。

昼頃に、初期不良で交換となった新しいPCが届いたのだが、今日使えない事が悔やまれる。近いうちに新しいデジカメを購入する予定なので、今のカメラも積極的に使っている。このカメラにしてもやっと使い慣れた頃にサブカメラになってしまう訳だから、次のカメラも何時頃使いこなせるのかは不安の種である。

8時頃には全て終了し、新しいPCの設定を始めたのだが、途中駐車場の家賃の期限が月末の今日迄だった事を思い出し、管理室の閉まる11時ギリギリに支払いに出掛けなければならなかった。

記録用のドライブの不具合で交換となった新しいPCだが今回は好調で、簡単な設定だけは今日中に済ませる事が出来た。まだまだ多くのソフトをインストールし、それらの環境設定が待ち受けているのだが、明日からは少し時間が作れそうなので、一気に仕上げるつもりである。

夜遅くなって自宅に戻り、久しぶりにHP関係のメールの処理を済ませる。作品の事や、リンク関係、更新を促す問い合わせなども多いのだが、きっと私にとっては今のように忙しい方が、全てを押し進めて行くエネルギーが維持できるのではないかと考える。

土曜日に撮影を予定している、企業のコンセプトイメージのロケ場所も、今日やっと自宅の資料の中から良さそうな場所を選びだす事が出来た。まだ決定した訳ではないのだが、場所を絞り込まなければ、具体的なイメージが浮かんでこない性格なので、遅い歩みの、確かな一歩と言った所なのか。


6/29 フィットネス用の器具の使用イメージをかなりのカット撮影する。セッティングの段取りやモデルのイメージも好調で思っていたより随分早い終了となる。途中昨日初期不良と診断された新しいPCの交換の手続きをしたり、まだ決まっていない来週の撮影のスタイリストを探したり、撮影の合間も休まる事が無い。

夕方前に終了したおかげで、明日の予定だった昨日の撮影の仕上がりを届けに出掛け、担当者と一緒に渋谷のベトナム料理店で夕食を取る。久しぶりだった事もあり懐かしい味覚に心から満足したのだが、どこかに出掛けたい気持ちには油を注いでしまう。

寝不足だった事もあり、朝からかなり疲れた一日だった。今日の撮影データはさすがに処理をすすめる事が出来ない。明日の撮影もデジタルが10カット程含まれているので明日の夜は作業に苦しむ事になるのだが、今日はどうしても早く休みたい。

スタジオのPCは明日新しい物が再び届くのだが、信頼性に暗い影が見え始めている。前向きでいる事、それだけの事がここ2、3日は難しい。


6/28 朝10時のスタートなのだが、機材の量が多かったのでかなり早い時間にショールームに入る。今日の撮影は輸入陶器メーカーの新作発表のイメージなのだが、スタジオでなく、最近オープンした銀座のショールームを使ってほしいとの要望がクライアントからあった。

基本的には2カットなのだが、1つは花器の集合体で、もう1つは新しいデザインの食器のシリーズである。撮影場所は先日ロケハンを済ませてあったのだが、被写体である商品の実物を見るのは今日が初めてで、掴み切れてないイメージに機材を絞り込む事が出来ず、ハッセルと4x5の両方を用意して撮影にのぞむ事となった。

結果的には、花器の方はハッセルで、食器の方は4x5と言う使い分けになったのだが、なぜかと言う事になると、上手く説明する事が出来ない。それぞれのカメラやレンズの持ち味と言う物は、非常に微妙な物で、感覚的に使い分けていると言うしか上手い説明が思いつかないのである。

ハッセルのゾナーやプラナーの柔らかな描写と言うのは不思議な物で、4x5のフジノンやニッコールのハードな表現には得難い味のような物がある。上手く言えないのだが、今回の場合、花器を撮る時には活けてある花が、4x5の描写では、主体である花器の方を上まってしまいそうな感じがしたのである。

予定していた2カットに加え、少し追加のカットもあったのだが、現像所に寄ってスタジオに戻ったのは8時頃。機材を全て下ろした後、車を駐車場に戻し、昨日買った新しいPCのセットアップに取り掛かる。明日のモデル撮影が全てデジカメなので何とか今日中にセッティングを済ませるつもりで臨んだのだが、思わぬトラブルが待ち受けていた。

昨日買ったPCは、かなりハイエンドな物で、今迄体験した事のない作業環境を構築してくれる期待に満ちていた。そんな事もあり、明日の撮影にぜひとも使いたくて慌てたセットアップとなったのだが、ネットワークやメールの設定を済ませ必要なソフトウェアーのインストールが全て終わってから明日の作業のシュミレーションになったのだが、撮影、現像、バックアップの順序で進めていたのだが、バックアップを取るはずのDVDのドライブが認識されていないのである。

こればかりは納得が行かず、24H対応のサポートに電話をした所によると、結果的には初期不良。昨日迄私が、調子の悪かった前のPCにしていたCMOSやBIOSのリセットを繰り返し、サポートセンターの担当者はあっさりと新しいものと交換する事を言い渡す結果となった。

電話の対応の中の統べての作業が、昨日迄不具合を感じていた古いマシンに施した最初の作業と同じ事もあって、少しも不機嫌になる事は無かったのだが、始めて買ったPCで、いきなりCMOSのリセットをやれと言われた人ならばきっと戸惑った事だろう。

このPCに関する一連の流れの中で機械に就いて意志のような物を感じる経験が前にもあったような気がする。往生際の悪い前のマシンの怨霊を感じるのだが、その顛末はいかなる物なのか。又しても、睡眠時間が無くなってしまった。


6/27 心から昨日休んでおけばよかったと思う忙しい一日。僅かな仮眠の後ですぐに出掛けなければならなかったのだが、体の重さが尋常ではない。昨日家に戻った時よりも疲れはひどく歩いているだけでも、目眩のような貧血に見回れる。後で気が付いたのだが、スタジオのCRTの設置が異様に体に近い為、電磁波を強く受けた事が原因のようである。

作業中は夢中になっているので仕方がないと思っていたのだが、今日になって同じ場所で画面に向った時に感じた目眩と衝撃が、体中の痛みの場所と見事に一致するのである。早く配置を変えるか、諦めてTFTにしてしまう事が必要だろう。

明日からの撮影のスケジュールは切れ間がないので月末の経理も含め、全ての準備を今日中に終わらせなければならない。朝早く出掛けたのは今週の撮影のために必要な物を買いそろえる為だったのだが、不便を感じている冷蔵庫を探す事も大きな目的だった。ビックカメラで探してみたのだがあいにくスペースにぴったりおさまる物が見つからず、資料だけを集めて戻る事となった。

夕方迄仕事に追われていたのだが、何とか時間を作る事が出来、閉店ギリギリの秋葉原に、新しいPCを買いに行く。今日でなくても良いのではと思ったのだが、きっかけを失うといつまでもずるずると気持ちが切り替わらない。さんざん考えた末の決断で、先日購入したアメリカのメーカーの、最高のスペックのマシンを購入する事となった。Pen4.E3Gこのスペックを使い切る事はないとは思うのだが、最高の物を手に入れる事によって、過去の記憶をぬぐい去りたい。

スタジオに新しく買ったPCをおろし、明日のロケの機材をチェックする。PCのセッティングは明日の夜になりそうだが、何とかあさっての撮影には間に合いそうだ。

明日は銀座のショールームで陶器のメーカーのイメージを撮る。どこまで自分の世界に引き寄せられるかは解らないが、準備は全て整っている。遅くなってしまったが体調を整える為、すぐに休む。


6/26 僅かに余裕を感じる一日、、、と思いたかったのだが、不具合の発生しているスタジオのPCの修復の為早くからスタジオに向う。何度もリストアを繰り返していたのだが、やはりマザーボード本体に致命的な欠陥があるらしく、最近はすぐに動かなくなってしまう。

ビデオカードの異常な発熱や、エクスプローラーの異常など全てにおいて症状は悪化している。今日の課題としては、フロッピーの起動ディスクから作り直し、バイオスとCMOSの全てを入れ替える物だったのだが、15時間近い時間を費やして、全てが振り出しに戻るのを確認する悲しい結果となってしまった。

DOSの知識その物が非常に乏しいせいで、新しい起動ディスクを作るだけで半日以上かかってしまったのだが、そもそもフロッピーの作れるマシンがない事や、ドライブはあってもDOSのフォーマットを作れるOSがない事がかなりの障害になってしまった。

いろいろな努力を寄せ集めて再生した起動ディスクではあったのだが、せっかく入れた新しいシステムも長い苦悩の後で結局は最初と同じトラブルで起動不能になってしまい、自分の力の限界とDOSの問題を抱える98のマシンの実態を実感する結果である。

夜明け近くなって失意の中で自宅に戻る足取りは重く、スタジオにあった古いウィスキーを一気にあおったのだが、気持ちの助けになる訳もない、明日はあのマシンを捨てなければならないのかと思うと気が思い。もし自分が医者であったなら患者を死なせてしまったような後味の悪さなのだろうか。

ここ姑くは自分の時間の全てをこのマシンの修復に注いで来たのだが、今日ハッキリと自分の力の及ばない諦めに行き着く事が出来たように感じる。結果的にはこのマシンを見捨てるのだが、幾らか気持ちの中で穏やかに見送る事が出来そうだ。

関係の修復、これは機械だけに限った事ではないのだろう。時間と努力を費やして自分の立場を見直す人間などいないように感じる時がある。何かを見捨てるなと言うのではない。今日の自分を見極めて、今の自分を捨ててしまえ。


6/25 昼からのテイクに合わせてメーカーのショールームに入る。4カット程の予定だが、途中何度か長い打ち合わせを挟み、終わったのは8時頃。打ち合わせの焦点は、新製品に関するコンセプトイメージをどう撮るかと言う難しい物で、こちらからも幾つかの提案をする事となる。

妙に混んでいた下の道を避けて久しぶりに首都高で広尾迄走りスタジオに戻って機材を下ろす。月末迄撮影が続く為、合間を見て経理などの雑用を進めなければならない。今朝ファックスで送った見積もりの変事などはまだ届いていない。

自宅に戻りあり合わせのつまみでビールと久し振りのアイリッシュウィスキーを飲み、今日の打ち合わせの事を考える。撮影場所が決まってしまえば一気に具体的なイメージが見えてきそうな感じはするのだが、今はまだぼやけた空想として宙に浮いている。ここにいる時は本当にくつろいでいる自分を感じる。

緊張した1日だったのか妙に疲れを感じ、早く休む事にする。明日の事を少し考える。


6/24 先日修理に出したレンズを引き取りに出掛け、昨日の撮影のデータを納品してスタジオに戻ったのは昼を過ぎた頃。レンズの方は新品のシャッターユニットと交換されており姑くは安心して使う事ができる。昨日撮影したクレイアニメーションの人形は昨夜全ての処理を終わらせたおかげで予定より早い納品となった。

慌ただしく午前中に出掛けていたのは午後から経理の処理とPCの不具合を修理する為だったのだが、経理の処理はいろいろな見積もりや金額交渉が思いどおりに捗らず、11時頃に幾らか諦めぎみに中断する事になってしまった。

来週の撮影の打ち合わせを兼ねて、先日台風の中沖縄に出掛けていたデザイナーの方からゴーヤの差し入れをいただいた。仕事が終わった遅い時間に寄っていただいたのだが、沖縄の話につい引き止めてかなり遅い時間迄話し込んでしまった。

全てを投げ出して明日にでも移り住みたくなるすばらしい南の国なのだが、今の自分にはまだ縁と言う物がない。新しい出会い、当たり前のように呼び寄せられる不思議な力、そんな何かを感じる迄は、今の世界でできるだけの事をして行くべきだと感じ始めている。次の世界、それが沖縄なのか、何処なのかは今は分からない。

ただ、漠然と感じているのは、ここから逃げるのではなく、そこに行く事、そこで暮らす事その物を目的として最大限に努力している自分を何時の日か見い出したいと言う事なのか。昨日迄の私の努力は、逃げる為の物だったのか。

深夜、ゴーヤの入ったバッグを持って自宅迄の路を歩く。檸檬ではないのだが、触ると少し冷たい南の造形が新聞紙にくるまれてそこにある。


6/23 細かな打ち合わせが出来ていないまま撮影に臨んだので、遅く迄かかる覚悟をしていたのだが、20数カットの撮影は以外と簡単で夕方前に全て終了する。

クレイアニメーションのイメージ撮影だった為、実際にアニメーションで使われているキャラクターの人形をかなりのポーズで撮影したのだが、作家の方が全てのポーズをそれぞれの人形で用意してあった為、細かいカメラ上の調整のみで次々に撮影を進める事が出来たのである。

全てデジタルによる撮影だったので終了してからもデータ処理に結構な時間がかかったのだが、撮影中は先日導入したPCが好調に動作したおかげで時間が短縮できた事も貢献している。そのPCなのだが撮影が終了した直後に調子が悪くなってしまって、またしても分解して組み直す事となったのだが、撮影中にトラブラなかった事は本当に助かった。

今日はこのPCの事以外にも、色々と不都合な事があった。スケジュールやキャスティングの事、ギャランティーに関する事などあまり良くない連絡ばかりが電話やメールから入って来た。全てを統括して行く上では仕方の無い事なので、いちいち考えていると憂鬱になってしまうのだが、無理せず、カチカチとこなして行く事が大切なのだと思う。気を揉んではいけない。撮影そのものは決してつまらない作業ではないのだから。

作家としての活動を維持する為には仕事を続け資金を回転させて行かなければならない。モチベーションを維持する為に最大限の努力をし、新しい物を導入するのも1つの手段かも知れない。それとは噛み合わないかも知れないが、週末には冷蔵庫を買いに出掛けた方が良さそうだ。今日もクレイの人形を冷やす為に冷凍庫が使えなくて随分心配させられた。


6/22 台風が去って暑さが戻って来た。先日導入したPCとマックの配置によってスタジオのレイアウトを少しづつ変更しているのだが、最終的には、かなり本格的なリニューアルを予定している。仕事の方向性が変って来る事を考えると大きく印象を変えて行く事が必要だ。

出費に付いてはシリアスにならざるを得ないのだが、できる事は自分で済ませ、できる限り節約していきたいと思う。色々と控えている出費に憂鬱なのだが、さしあたって調子の悪かった冷蔵庫はすぐにでも大きい物と買い替える事となる。壊れたままの暗室のエアコンも来月には新調する事になりそうだ。消極的に続けて来た業務のせいで、先日のレンズでは無いが不確かな物が余りにも多く、いろいろな不安からやる気まで無くなっていたのでは無いだろうか。

例えは悪いのかも知れないが、やる気の無いサラリーマンが、そこそこに会社に通っていたような物で、その次に来る物はただ後ろに下がる事だけだったのではないのだろうか。

何も出来ない人間のペース。そんな物があるのか解らないが、人間の無力さはしみ込む水のように伝染して行く。無能な人間は、無能故にデタラメな夢を口にする。今迄の自分の中にそんな部分が多かったのではないのだろうか。口からデタラメを並べていてもひょうたんからコマが出せる人間は、実際にはいないのかもしれない。

後10年生きなくても良いのである。つまり後1年。それも何かを変えて、何ができると言う物ではない。今のままの部分は今のまま。その中で生み出すものこそが自分の命である。今のままで何も出来ない人間に、次の世界の次の可能性などある訳がない。これは詭弁ではなくて私の現実だ。

今迄も2人分生きて来たように感じる時がある。この1年も決して前向きに生きていなかった訳ではない。しかし考えるべきはその方向だ。頼る物など何もない事を何故自覚できなかったのか?自分の世界はただ自分のみに切り開く事ができるのではないのだろうか。


6/21 午前中に先日壊れてしまったレンズのシャッターを修理に持って行く。以前より不調だったもう1本のレンズも この機会に直してしまおうと持って出掛けたのだが、直ぐに新品のシャッターが用意できるのは先日壊れてしまったタイプの物のみで、もう1本の方は1ヶ月近く部品の手配にかかるとの事で今回は修理を見合わせる事となった。

先日壊してしまった物は、全く使用できない状態だったので2日間で戻って来るのは大変嬉しいのだが、もう1本のレンズは無理をすれば使えなくも無い状態なので、かなり暇になる年末に修理する事にしよう。

私の使っている大型のカメラは、レンズとシャッターがそれぞれ違うメーカーで作られている。その為気に入った組み合わせを撰んで使う事ができるのだが、修理する場合などは、特殊な物なので、時間がかかってしまったりといろいろな困った事も出て来るのである。

昼前にスタジオに戻る途中、大粒の雨が降り始めた。少し濡れながら、現像所で仕上がりを受け取って自宅の洗濯物を回収した後スタジオに戻る。

天気の崩れを気にして午前中に出掛けた事は正解で、昨夜の洗濯物も無事取り込む事が出来た。スタジオでは、先日の撮影の小道具の発送や、納品の準備など結構な雑用のせいで、経理迄手がつけられない。余り充実感の無い一日だったのだが、絶えず何かに追われていたようで、普通のサラリーマンだとこんな一日なのかと、ふと思う。


6/20 朝、洗濯機をセットした後スタジオに出掛け、昨日帰り際に設定したPCのクラスターチェックの状態を確認する。予想道理と言うか途中でクラッシュしたようで、色々と原因を調べなければならない。

症状は複雑なのだが、シリアスな場合は、起動してもバイオス迄辿り着く事が出来ず、ビデオ出力がオンにならない。ここ迄突き詰めると、もっとも可能性が高いのはマザーボードの不良なのだが、それは最後の結果なのだから、後少しだけは手を掛けてやりたい。マザーボードからの電源供給が不安定な事がもっとも可能性の高い原因なのだが、最後の手段として、全てのインナーケーブルと、電源を交換する事にした。

昨日撮影したフィルムを渋谷の現像所のポストに届けた後、昼食を済ませ、秋葉原迄ケーブルなどの部品を買いに出かける。もうこれが最後と思いながら、何度も秋葉原に通っているのだが、次に来る物は本当に今の所思いつかない。高価な出費ではないが、それはともかく回復への期待も薄い。

16歳の頃、最初に手に入れた中古のバイクは呆れる程ポンコツで撮影に遠出する度にトラブルに見回れて、何度か夜明け迄国道を押して歩いて帰った記憶がある。そのうちに、自分一人でエンジンを下ろし、1つ1つの部品を組み直し金をかけずに自分で直すと言う事の充実した感覚を覚えて来た。始めて手に入れた車も古くなってからは限り無く故障したせいで、1つ1つの部品の役割を自然に覚えて行く事となった。

PCに就いても何か1つの敷居をこのマシンで超える事ができれば全てが見えて来るのではという、漠然とした期待のような物が、いつまでも付いて廻っている。必ずしもそれで問題が解決すれば良いと言う事ではなく、納得が行く迄手を掛けたいと言う意識の問題だろう。

ちなみに最初に乗っていた車の事になるが、手に負えなくなって運び込んだディーラーから、さじを投げられて、自分の手で解体屋に運び、解体前に切られたラジエターホースから血のように地面に広がるクーラントの緑色が今でも鮮明に記憶に残っている。

私は機械に愛情を注げない人間がどうしても信用できない。ある意味私の友は、世間一般で言う生き物ではなく、機械なのか。私にとってはその不具合は故障ではなく、病気のように感じるのかも知れない。そして人間と同じように、何時かは古臭くなり、直す価値が無くなってしまい、捨てるしか無くなってしまうのか。いつも中古品ばかり使っているので、必然的に最後を看取る機会が多いのかも知れない。

秋葉原からスタジオに戻り、夜遅く迄PCの修理を続けていたのだが、朝セットした洗濯機がそのままになっているのを思い出した。台風の接近で幾らか風が強くなっており、今から干すのは馬鹿げた事なのだが、外に出てみると夏の夜のような強いエネルギーを空気の中に感じ、深夜に洗濯物を干す。


6/19 木曜日に撮り残したカットをスタジオで撮影する。簡単な物ばかりだと油断していたら10カット程に丸一日かかってしまった。気持ちがゆるんででいたと言う訳ではないのだが、いつも使っているレンズのシャッターが突然壊れてしまい、途中から予備のレンズを使う事になってしまった。少し前に、もう1本のレンズのシャッターを壊してしまっているので、流石に予備の予備と言うレンズは使いづらく、月曜には2本とも修理に出さなければならない。

レンズのシャッターと言う物は、必ず寿命が来る物なので、クライアントのいない時に壊れたのは運が良いのかも知れないが、月末に大きな撮影を幾つか控えているので、短時間でできる交換修理を施さなければならない。この2本の修理代は恐らく、1ヶ月の生活費を超える物なので、悲観的になると言うよりは、現状を見つめ直す良い機会と考える事にした。

朝から始めたのに10時過ぎ迄かかってしまった撮影も大変だったのだが、先日リストアしてスタジオに導入したPCに早くも不具合があらわれていて、その対策を考えなければならない事も悩みの種である。いろいろな部品を取り外しながら10回以上の起動を繰り返し、少しづつ原因を追い詰めているのだが、まだ結論には至っていない。今回のリストアでトラブルがハードにある事だけは確実なのだが。この原因をもし特定できればかなりPCに詳しくなりそうだ。スタジオにもネットがつながるようになったので僅かな時間でもいろいろなサイトから情報を吸収している。今迄、知らなかった事が多すぎるのか。


6/18 午前中にポジのセレクトを済ませ午後からは納品や打ち合わせ、プレゼンからロケハン迄盛り沢山の一日である。納品や打ち合わせ撮影の下見などは普通にこなしたのだが、出版社のプレゼンは気の進まない会社であった事を適中させる不愉快な展開だった。

アーティストの前でそろばんを弾くやからは色々いるが、出版社なのだから、作者に対してでは無く、顧客であるマーケットに対して考察を重ねるべきである。必要なのは優れた感性、見い出す物が生み出す物になるのではないのだろうか。目を通さなければ何かを見つける事などあり得ない。それとも全てを透視する能力を備え持っているのだろうか。

見もしないで金の話をされただけで担当者の感性には幻滅してしまうので、サンプルもさっさとと引き上げて帰って来たのだが、そのビジネスを支えている物の中で、ひょうたんからコマが出るように、結果的に世界に貢献する物も生まれて来たのではないかと思う。彼等にはそろばんであっても、世界にとっては芸術である場合もある。そのギャップを無視できる程、余裕や無関心さを備えていなければ現在を生き抜く事は出来ないのだろうか。

出版に関するならば、もっとも重要なのは良いパートナーとの出合いだと思っている。この本を手掛けるようになって、本当に沢山のすばらし方と巡り会う事が出来た。勿論それらの出合いは今の所感性に於いてであり、マネージメントにはつながっていないのだが、これらの出合いこそが価値のある物だったのではないだろうか。

何時かそろばんの達人が、感覚を刷り込まれて、手助けしてくれれば鬼に金棒なのかも知れないが、、、

私にとって出合いをつかさどる運と言う物はあまり良い方では無い。この出版に於いてもプライベートでも、すぐに結果につながる良い巡り合わせは未だに経験した事が無い。写真家と言う立場で考える時、被写体に関してはどうなのだろう。100年に一度と言う最高のタイミングに巡り会った事が確かに数回あるのだが、良く考えてみると100回は無駄な出合いを乗り越えた上での奇跡では無かっただろうか?

人間に対しても然りなのではないだろうか。相手が生身の人間だから、不愉快になったり、失望したりするのだが、今日は雨だった、という風に気楽に相手の無能さを次から次へはき捨てていけるようになってこそ、本当の出合いがあるのかもしれない。ある意味私は人間に対しては相手の事とかを神経質に考えすぎなのではないのだろうか。無能な人間には無関心、この高飛車なテーマは永遠の課題なのか、、、、、


6/17 昨日のロケの片付けもあり、朝早くからスタジオで撮影の準備に取り掛かる。クライアントの立ち会いの必要無い物は週末に先送りする事が出来たので、何とか夕方には自宅に戻り沖縄の写真のサンプル作りに取り掛かる。

昨日今日と体を使う作業が続き、病み上がりである事を意識する事となったのだが、明日も1件のプレゼンが控えているので準備を進めなければならない。明日は納品、打ち合わせ、ロケハン、新規のプレゼンなど切れ間のないスケジュールが続いている。

先日迄セレクトにかかっていた沖縄の作品は、夕方からの必死の作業で明け方前に何とか写真集のサンプルに仕上げる事が出来た。明日のプレゼンには使うつもりは無いのだが、来週以降必要な物なので、勢いを付けて明日迄に仕上げる事にした。

自分の能力、感覚、適応性などいろいろな物がシリーズを仕上げる度に見えて来る。条件を満たせなかった部分もあれば、思いもよらない感性の発見もある。

今日の撮影はメーカーの開発担当者が何人か立会ったのだが、社内の日常に就いての雑談を聞いていると、本当に自分は会社員を止めて良かったと思う。もちろん完全な社員と言う物は体験した事は無く、契約の範疇を出ないのだが、それだけでも自分にとっては、堪え難く息苦しい物であった。逆に言えば、今の生活で創作の為にどんなに時間の制約を受けようとも、当時の自分よりは心も体も楽なのだと考えて全てを乗り切っている所もある。

常識の範疇に自分を甘んじれば、新しい世界など何一つ見えて来る事は無い。それを自然にこなして行くか、自分を追い詰めて乗り越えるかは、個性の為せる技と考えるのだが、何一つ自分を顧みない人間に、とやかく言われるのだけは、堪え難い。


6/16 昨夜は早く寝たのだがほとんど眠らないまま朝を迎えてしまった。理由は良く解らない。もともと不眠症なので酒を飲まない日には良くある事ではあるが、車で出かける日は意識が散漫になるのでけっこう辛い。体力的には良いのだが、、、

料理の撮影は夕方前に終了し、渋谷の現像所に寄ってスタジオに戻る。デジカメのデータ処理を今日中に済ませなければならないので、戻ってからもタイトなスケジュールが続く。

不確定だった明日の撮影が決定になり、一日中忙しそうなので、今日出来るだけ多くの予定をすませなければならない。先月の風邪以来体力が低下していてロケはけっこう体にこたえるようだ。


6/15 昨日セレクトしたままの沖縄の作品をスタジオで確認する。夜選んだ物は朝になってみると印象が違って見えたりするのだが、今回はまずまずと言う所。このレイアウトに合わせて最終的に画像の調整をやり直す作業が残っている。

早めに自宅に戻り今日中に作業に手を付けたかったのだが、明日のロケの準備がけっこう大変で明後日に持ち越す事になる。スタジオのコンピューターは少しづつ使えるようになって来た。マックの方も昨日不調だったCDドライブをクリーニングしたので今日の所は快調に動いている。

昨日夕食をちゃんととったせいで今日はかなり体調が良い。一日モニターに向っているのは本当に体に合わないようだ。今週はあまり気の進まない売り込みを控えているので少し憂鬱なのだが、それも出たとこ勝負である。プレゼンは相手の出方次第、終わってみないと善し悪しは解らない。

今日スタジオのPCからやっとファックスが送れるようになった。これでメールで送られた資料をいちいち出力してからファックスする事は無くなりそうだ。PC本体は自宅で不調を抱えていた物なので、リストアしたとは言え、不安はあるのだが、使える所迄は使い切ってみよう。幾らか投資もしたのだが今の所まだ、買い替えるよりは安上がりだ。

今日送られて来たメールの資料には、サーバーの容量ギリギリの物があった。いずれかなり重いデータもメールでやり取りする事になるのだから、新しいアドレスもいずれは役に立つ事だろう。

明日のロケは、アシスタントを頼まなかったので、結構な機材を一人で運ばなければならない。エレベーターの無い3F迄でちょっと不安はあるのだが幾らか体調も回復して来たのでもう大丈夫か。

明日に備え、久しぶりに草津温泉の元を入れた風呂に浸かる。それだけでも随分贅沢をしている気分だが、何時か本物の温泉にもゆっくりつかりたい。


6/14 撮影は午後からで、午前中は昨日迄に出力した沖縄の写真をセレクトする予定だったのだが、今日のデジタルの撮影の準備や、電話線の引き直しに時間を取られセレクトに取りかかったのは、撮影の終わった夕方である。

撮影そのものは順調だったのだが、CDロムに出力したデータが、スタジオのマックでは何故だか開きにくく、何種類か設定を変えて作り直している内に結構な時間がかかってしまった。

後で自宅に戻って他のマックで検証して見たのだが、更に古いドライブでも何の問題もなく読み込む事が出来るので、使っていなかったスタジオのマックのドライブの方に少し不具合があるようである。クリーニング等で回復すれば良いのだが。

撮影が終了してから2時間程で沖縄の写真のセレクトを終え、近くの居酒屋で久し振りの夕食。ここのところ落ち着いて食事をする事がなかったので久しぶりにくつろいだひとときを過ごし、早い時間に休む。


6/13 昼食に出る以外ずっとモニターに向い写真の処理を続ける。昨日迄の作業で少しづつ結果が見え始めていたので、今日は一気に全ての写真を処理してしまう予定である。セレクトから調整迄、最終的な出力を考えると結構な作業量だったが、何とか全てを終了し後は最終的なセレクトを残す事となる。

撮影日数にして2日分なのだが、1日は前半雨だったのと、最終日は空港に向うスケジュールのせいで少し撮影量は少なく、何とか今日一日で2日分を処理する事が出来たのではないのだろうか。

全ての写真に目を通し、5日間の撮影を振り返るのだが、今思えば本当に休みなく撮り続けていた。デジカメの撮影記録には次々に移動しながら撮影された時刻が小刻みに記録されており、常に走り廻っていた事を思い出す。

沖縄と言うのは日本の中で、本当に特殊な場所である。撮影と言う事でしか出掛けた事はないのだが、何時か、自分を休める為に出掛けてみたい。その為にはまず、この作品を仕上げなければならない。達成感のない休息は居眠り運転のような物だ。全てを崩壊させる危惧を孕んでいる。

物を作ると言う行為は、必ず、共有できる世界と人間を呼び寄せる。そう信じて作る事が大事だ。それが幻想なのは解っていても、この不確かな生活よりは希望に満ちている。


6/12 昨日に引き続き写真の処理を続ける。途中渋谷迄プリンターのインク買いに出掛け、昼食をとる。知人に頼まれたコニャックを買いに酒屋によったのだが、改装中で手に入れる事は出来なかった。

相変わらず、機械のように写真のセレクトや処理を続けているのだが、中々捗らない。しばらく手を付けていなかったのは、この苦労を避けていただけただけなのではと思われるほど辛い作業を実感する。

丸一日モニターに向い、やっと1日分の撮影量を片付ける。撮影時の天候や移動のタイミングなどがハッキリと記憶に残っていて臨場感のある作業なのだが、結果がすぐれない物にはやるせない気持ちになったりする。

午前中から作業を進めたので昨日より早い時間に出力を終え、遅くなった夕食をとる。明日も作業を続けるのだが、撮影の記憶とダブりながら作業を進めているせいで時間が遡って行くような錯角を感じる。記憶の中では明日は雨で、午前中は長い距離を車で走り、少しでも撮れる物を探していた。そしてやっと見つけた物を少しづつ撮影し、そのうちに晴れ間が見えて来る、、、、希望を感じる一日だった。


6/11 ほぼ1日中沖縄の写真の処理。撮影日数にして2日分程を終え、やっと10カット程使えそうな物を選びだす。1日中機械のようにモニターに向って作業していたのだが未だ先は遠くうんざりする。その反面この写真には人を夢中にさせる何かがある。

経費の事もあって仕上げていなかったのだが、やはり早く処理しておくべきだったと少し後悔した。明らかにこの絵でなければ伝わらない世界がここにはある。

最終的に50枚、、、足りないようであれば、奄美大島の作品と一緒の展開を考える事になる。

体力的にはとても辛かった奄美や沖縄の撮影だが、作品として仕上げていると、写真を撮らずに生きる事など無意味なようにさえ感じて来る。しかし、その作品が至上のものと言う意味ではない。いろいろな土地を廻り、見た事のない夢を移し撮っているのだが、そこにある物はありきたりの優しさや、懐かしさの域を出る事はない。想像力の範疇に身を置くならば現実から魂を解き放つ事はできないのではないだろうか。

優しさで救う事の出来る物は極僅かである。ただ、今姑くはこれを、、、、、この世界に浸っていたいのだ。


6/10 スタジオで仕事を終えてから急な打ち合わせの為に恵比須迄出かける。沖縄の作品を整理するつもりだったのだが、一日の疲れで手がつけられない。結果を出す為には時間は無駄なく使わなければならないのだが、夜の僅かな時間をくつろいで過ごしてしまった。今日のくつろぎは、明日を遠ざける事にしかつながらない。

幾つかの仕事に新しい動きがあった。スタジオのPCもやっとデジカメからデータを処理できるようになり後はファックスやプリンターのセティングを残すのみ。それもけっこう面倒臭いのだが取りあえずいろいろな処理はオンラインで進められる。必要な知識があまりに多くイライラするのだが、後少し、全ては必要な物なのだから、、、。


6/9 写真集のプレゼンに向けて幾つかのアポを取る。幾つかの考えが錯綜する中で沖縄で撮った物をプレゼン用に仕上げることにした。結果が出ないまま、多くのサンプルを作り続けて来た為、予算的にけっこう厳しく、沖縄の作品はプレゼン形態迄仕上げる事を躊躇していたのだが、より明確な意味を掲示する為には必要だと判断する。

写真集の資料の作成は結構な手間と費用がかかる。自分なりに納得の行く物を作ろうと思うと、数百枚を出力し少しづつ組み上げて行く地道な作業が必要になる。出来上がった物だけを見ても想像は出来ない物だが、その後ろにはその数倍の蓄積された下積みがある。

さしあたり来週に迫っているプレゼンに沖縄の物、奄美大島の物、北海道、前者の2つを1つにまとめるかどうかは、結果を見て判断することにした。

新しくなったシステムの環境を整えるのに結構な時間がかかり、未だ始めたばかりなのだが、新作を処理するのは夢中になれる作業である。勿論最初だけだと思うのだが。

今日もとてもリアルな夢を見た。海が近い竹芝あたりの倉庫街。何かの集まりに呼ばれているのだが、隣では結婚式をやっていて、それを映画に撮っている。いや、ただ結婚式のシーンを映画に撮っているだけなのか?私は少しだけ気にしながら隣のテラスで人と話しているのだが、話の内容は良く判らない。そのうち話がふっとそのロフトの話になり海沿いの2つの部屋が私の知人の父親の所有だと言ううわさ話になる。

一見何の意味もないシーンなのだが、会話を追っている自分の感情の動きがあまりにリアルで、ある意味起きている時よりも微妙に気を使い、記憶の生々しさも現実をこえるように鮮やかだった。


6/8 昨日に引き続き良くない夢を見た。夢の中の自分は現在の自分の年令なのだが、数十年前の写真学校の学生である。何かを思いついて再び学校に入っているのだが、自分の感覚を満たす物を作るすべが見つけられず、時間と戦いながら撮影場所を探し続けている。そして今の私と変わらない年令の当時の両親が闇の中から監視するようにプレッシャーをかけているのである。

胸を掻きむしられるような思いで目が覚めたのだが、姑くは強迫観念がぬぐい去れない。少しづつ自分に説明するように現実に引き戻すのだが説明している内に今の自分の現実の方が追い詰められているように見えて来る。

学生時代の記憶は鮮烈である。限られた期間の中で自分の芸術を完成させなければならない。そして支援してくれている両親でさえ私の考えのかけらも理解する了見を持ち合わせていないのである。

幾らかの因果関係もあるのだが、当時の作品は今の物よりすばらしい。イメージに於いてもディテールに於いても比較にならない程優れている。しかしそれを理解できる人間はいないのである。長い歳月の中で緩やかに作風も変わって来た。幾つかのランダムなイメージが共生するかのように魂の中に並んでいる。残された時間で追い求めるべき物は何なのだろう?

今日はスタジオで新しい回線の設定やPCの調整でけっこう忙しかった。新しいメールアドレスも決まりこれから始まる事が沢山ある。結局自分を支えているのは、前に出る事である。デタラメな空想を払い除けよう。


6/7 昨日見たウサギが頭から離れない。靄のかかった雨上がりの草むらで静かに草を食べている。幻想だと言い切ってしまえば納得がいくのだけれど、あまりにもアンバランスではかない現実はそこにあり、妙にしっとりと美しい。

昼頃に目覚め、とてもリアルな夢を見たせいで姑く意識が混乱する。汗ばんだ肉体の塩味が口の中に残っている。物を作る事など無意味に感じたりもするのだが、何かが違う。自分が執着している物が中々見えてこない。これこそが最後のタブーなのだろうか?

先日暗室の掃除中に出て来た坂口安吾の「堕落論」の数編を読む。恵比須に一高の写真展を見に行こうと思ったが今日は休みだ。


6/6 午前中に幾つかの資料をダウンロードしてメールの使えないスタッフに郵送やファックスで送ろうとしていたのだが、最近導入した新しいXPのプリンタドライバが機能しない。プリンタの認識が不安定でソフトそのものにも幾らかの不具合がある。かなり時間をかけてUSBの接続を設定しなおしたのだが最終的な原因は増幅装置のリピーターハブが現在のマシンに適応していない事とドライバそのものもXPには少し古かったようだ。

その他に未だ不安定な部分はけっこうあり、最近導入したオフィスソフトのプリンターへの互換性も設定が悪いのか、今一つちゃんと機能していない。そんなトラブルの為に午後迄の長い時間を費やしてしまったのだが、今日は世田谷に引っ越したイラストレーターのパーティーに呼ばれている。世田谷と言ってもかなりの外れで12時の約束をすっかり送れてしまった4時頃に、電車やバスを乗り継いで到着したのだが、以前車で訪れた時よりもかなり遠い田舎迄やってきた気がするのは雨が降っているせいだろうか。

以前に不要なモニターを貰い受ける為に車で来た事はあるのだが、今日あらためて見回すと、本当に閑静な住宅街で、それに加えて妙に古臭い街が混在している。レゴブロックのうような現代の建て売りの隙間に映画のセットのような古臭いボロ家が立っていると言う感じである。

そんな閑静な住宅街でパーティーをしている彼女の家に不確かな記憶を辿って向ったのだが、あまりにもあっさり発見する事が出来たのは、家の中で大騒ぎをしている声がかなり遠く迄聞こえていた事と、部屋の中で炭を使ったバーベキューをやっている煙りが遠くから焼肉屋のにおいのようにハッキリと識別できたからである。

パーティーの主旨は良く判らない物だったのだが、もともとは玉川に近い彼女の家に行って、近くの河原でバーベキューをする事だったらしいので、家の中での炭火焼きもワイルドな彼女達なら納得できる。

ひとしきり御馳走になった後、数人で雨の上がった河原迄散歩に出掛けてみたのだが、薄くかかった靄のせいか東京とは思えないのどかな風景が広がっている。時々通りかかる犬をつれた人達や、土手の上の草が生えた路などは随分昔の風景のようで自分の存在が宙に浮いてしまったような非現実的な印象すら感じてしまう。

随分先迄行ってしまったほかの人達を見失わないように、ゆっくりと土手の草むらを歩いていたのだが、私が見つけたのは小さいウサギだ。周りに誰も人はいないので自由に草を食べているのだが、この近くに住んでいる人が飼っているのだろうか、それとも野生として穴を掘って暮らしているのだろうか?

この街の暮らしもきっとすばらしい物だと思う。都心に程近く、それなのにのどかな世界も手の届く所に存在する。

しかし、この不安定な空間。こののどかさこそが悲しみであり、はかなさの象徴のように感じられて目を閉じてしまいたくなるのはなぜだろう?


6/5 昨日遅く迄飲んだせいでやや遅い一日のはじまりなのだが、先日来考えていた梅酒を漬けることにした。ネットで作り方を調べたのだが、南高梅とか言う梅の種類が良いようで、近くの八百屋を散々さがして手に入れた後、ホワイトリカーではなく、ここのところ気に入って飲んでいる奄美大島の黒糖焼酎で作ってみることにした。

本格焼酎が2升に梅が2キロ、氷砂糖が1キロの組み合わせで、去年買った紹興酒のカメに漬け込む事にしたのだが、思ったよりは色々とめんどくさい手順もあり、終了したのはよるの8時頃である。量が多いので出費もかさみできれば旨く仕上がってほしいのだが。

梅のあく抜きをしている間にカーショップから車検の終わった知らせがあり、東京タワーの近く迄車の引き取りに出掛けたのだが、結構な出費にがくぜんとしてはいても、車高の調整や消耗品の交換など一通りの整備が終わった車に何か安心感と親近感を感じ、整備に出す前の煩わしく、面倒臭い感じはあっさり無くなってしまった。

車の次の車検は2年後である。それ迄ここに住んでいられるか、車そのものを維持しているかは全く判らないのだが、今日漬けた紹興酒のカメに入った梅酒も、その頃が最高の飲み頃かと思われる。 その前に梅酒の方は確実に無くなっていると思うのだが、旨かった場合は確実に、、、


6/4 簡単な仕事を終わらせた後久しぶりに友人と飲む。当初近所のピザ屋を予約しようとしたのだが、あいにく都合の付く時間は予約が一杯で、久しぶりに自宅で料理を作りもてなす事にした。

今日飲むきっかけとなった友人の一人は、先週迄急な体の不調で脳外科に入院していたと言う事で、最初は妙に気を使っていたのだが、詳しい話を聞いてみると、それ程シリアスな物ではない事が判り、幾らかほっとする。とは言え生活習慣に起因する病気である事は確かなようなので油断は出来ないのだが、、、

いずれにしても、急な入院を10日近く経験した割には元気そうで、その飲みっぷりは、良いような悪いような、、、、、、。あまり人のことは言えないのだが、色々と気をつけなければならない事はある。それは病気だけではなく事故や怪我など様々なのだが、、、疲れている時は思いもよらない事がある物だ。


6/3 久しぶりに力仕事。全ての設定を午前中に終えて、午後からはコンピューターの移動に取り掛かる。昼前に全てのリストアを終了したPC98はとても軽くて苦にならないのだが、同じ時期の物とは思えない程マックの9600は大きくて重い。去年G4を購入した時にかなり大きなマシンだと思って箱を開けてみると、9600よりひと回り小さくてびっくりした。詰まるところ、マックの中で最大の機種なのではないだろうか。

まずはスタジオ迄台車を取りに出掛け、大きな段ボールで3個程の荷物を3回に分けて車迄運ぶ。車に積み込んだ荷物をすぐ近くのスタジオ迄運び、またしても3回に分けて台車で搬入する。簡単なように見えても一応精密機械なので注意して運んでいると結構腰にくる。

夕方過ぎに一応の接続を終え、PCも、マックも順調に動いているのだが、プリンターやネットワークの接続は来週になりそうだ。ADSLの開通も10日程かかるとの知らせがポストに入っていた。

さて、一応のセッティングが終わりスタジオにもコンピューターやネットワークが導入される訳なのだが、さしあたって今の所すぐに使う予定はない。今迄どおりノートPCでも事が足りる訳だし、なんだか貧乏臭い古いコンピューターが不自然に場所を取り冷静に我にかえると複雑な心境だ。使いはじめると有り難みも湧いて来るのかも知れない、、、、何台あってもボロはボロ。新しいPCを一台買えばよいのだが、、、。

それとは反対に自宅と暗室の方はすこぶる快適になった。不要な物を統括し新しいXPのマシンを導入した訳だから当たり前なのだが、暗室のマックもインターフェイスが一台になり、随分便利で作業効率は上がりそうだ。

久しぶりに体を動かす一日だったので気持ちも軽くなったのを感じる。ここのところ魂を詰めてコンピューターに朝迄向っている事が多かったのだが、少しの区切りを迎え久しぶりに自宅で夕食をとる。自宅でゆっくり食事をするのは久しぶりだ。


6/2 昨日撮影した仕上がりの納品と打ち合わせ。昨日撮影した書籍の表紙は今日締め切りの物が2つもあり、現像所から仕上がってきたフィルムをすぐにバイク便で発送し何とか間に合わせる。もう一点は宅急便でもよかったので、コンビニから発送しようと思って一日持ち歩いていたら結局出すのを忘れてしまった。

写真集のサンプルの件で四ッ谷迄出掛け、途中車を芝公園のカーショップに車検に出す。

この整備工場は私の乗っているイギリス車には定評のある店で、前回の点検もここで行っている。その前の車検は千葉にあるやはりこの手の車種を得意とする店に出したのだが、今回は自宅に近い芝のショップを選んでみる事にした。自宅に近くて便利なのだが、東京タワーに程近い場所にあるだけあって場所代というか、結構な金は掛りそうである。

表参道で打ち合わせをすませた後渋谷を経由して自宅に戻ったのだが、さすがに寝不足で少し横になる。結構な疲れを感じていたのだが、少し休んだらすぐに元気になり、昨日のマックの設定やPCのリストアを進め始めたのだが、マックの方は不安定なスカジーに悩まされシステムが完成したのはやはり空が明るくなり始めた頃である。明日はリストアしたPC98と、このマックをスタジオに移動するつもりなのだが、周辺機器を含めると結構な量にかなりの重さで、当初思っていたよりは大変な作業となりそうだ。MOや、CDRのドライブ、カードリーダーなども一揃セットする事になるのでドライバのインストールなども結構な時間が掛り、やはりマックは手間が掛ると思わざるを得ない。


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