9月 5月 4月
作者近況 12月 11月 10月 8月 7月 6月 3月 2月以前

1/31 先日車検に出してあった車を引き取りに行き、1日中掛かって、それぞれの装備をもと道理に取り付ける。装備と言うのはキャンピングカーとしての一般的な物で、サブバッテリーと充電装置、電気式の冷蔵庫や照明、浄水タンクにシンクと廃水装置、その他折り畳み式のベットや、引き出し式の収納など重量にすると120キロ程で、これら全てを1ボックス車の3列目のシートを外してボルトで固定して行くのである。

天気が良いとは言え風が強く。屋上の駐車場での作業はけっこう辛い物があり、2年ごとの車検の度に同じ作業をしている自分を馬鹿馬鹿しく感じたりもするのだが、2年も経てばいろいろな不具合もあり、メンテナンスの意味では丁度良いサイクルだと言えなくも無い。

今回は廃水のパイプの1部に漏れがあったのを修理し、引き出し式の収納の1部を改良、サブバッテリーの充電、浄水ポンプの清掃とタンクのパッキンを新しいものと交換するなど細かい部分ではけっこう手を加えている。

乗車定員を減らして陸運局に改造申請を出してしまえば車検の度に戻す必要は無くなるのだが、乗用車のままの登録の方が自分の用途では色々便利な事もある物だから、ここしばらくはこんな作業の繰り返しもやむを得ない。

夜になって作業は終了し、作業ついでに充電してあったセカンドカーのバッテリーも地下の駐車場で装着し、夜中になってようやく自宅の片付けに取りかかる。実は外してあった車の3列目のシートは自宅でソファーとしてかなり重宝しているので、今度はソファーの固定など部屋の中での作業があり、全てが終わって掃除機を掛け、いつもの部屋に戻った時の充実感は中々の物である。

来週は時間を作って2、3日釜石に撮影に出掛けようと考えているのだが、幾らかでも自分でメンテナンスをしていると、なにか安心と言う感覚を超えた、連帯感が湧いて来るのは私だけなのだろうか?


1/30 今日の撮影はデジタルのみなので、PCの用意やカメラの充電などの準備を午前中から進めていたのだが、急に随分前に撮影したデータをポジにしたいと言う連絡があり、急遽自宅に戻って探す事となった。

消去してしまったのではと随分不安になりながらMACの中を探してみたら幸いHDの中に残っており、大量のCDロムから探す手間は免れて簡単な作業だけでなんとか午前中に終える事が出来た。必ずメディアにバックアップは取るようにしているのだが、ラベルをちゃんと作らないので、探す時には大変で、やはりHDに残しているとその手軽さについつい甘えてしまう事になる。写真のデータなど軽い物だから、今のように何個ものHDを装備してあるといくら溜め込んでもそうそう一杯になる物では無いが、バックアップとして使っているようでは心細く、無意味に感じる。やはりメディアのラベルはちゃんと作りしっかりと整理しておくべきではあるが何より使いにくいのは展開するのに時間が掛かる所だろう。

デジタルのモデル撮影は順調に進み、かなり急ぎの写真なので選んだカットをJPGのまま渡して終了となったのだが、仕事の流れとしては未処理のデータをそのまま渡していまうと言うのは、現像してないフィルムを渡してしまうようでなんとも心細い物である。


1/29 去年1年間撮影したシリーズが今年も継続される事となり、今日は最初の撮影となる。去年のスタッフに加え今年からは新しいスタイリストが加わったのでかなり効率が上がったような気がする。ただ、デザイン担当のスタッフが急病の為欠席すると言うハプニング絡みのスタートではあった。

体の故障はどんなに気を付けていても突然やって来る。皆無理の効かない年令になって来ているのだと思う。最近私は風邪を惹く事も無く快調な日々が続いているのだが、幾らか仕事を整理して時間に余裕を作った事が少しは関係しているのだろうか?時間には相変わらず追われているのだが自分のペースでコントロールできる部分はかなり多くなったような気がする。

車検に出していた車の見積もりが結構な額で幾らかナーバスになる。いつもながら肝心な所では無く、どうでも良いような所に修理代が掛かって不満はつのるのだが、ディーラーと言う物は中々融通が効かない物である。

夕食には去年の忘年会の食材の海老を解凍して海老チリを作った。忘年会の食材はけっこう残っており、冷凍庫の中は相変わらず隙間が無い。当時冷凍の効かなかった生鮮は、調理してから冷凍してあったのだが、それがまた結構な量で、ホタテの貝ヒモのつくだ煮や、カキのオイル漬けなど、、、すっかり食べ飽きた物ばかりである。


1/28 昨日連絡のあった新しい製作会社に資料を持って打ち合わせに行く。他社競合なので仕事につながるかのバランスは今の所未定である。料理の作品の資料を探していて気付いたのだが、いくつかの作品が色々な所に預けたまま未返却になっている。ついめんどくさくなって連絡を怠っている内に、何処にあるかさえ解らなくなってしまう。何となく、仕事の資料と言う物は、あまり自分の中では、有り難い感じがしない物なのかも知れない。

東急ハンズとビックカメラに寄っていくつかの買い物を済ませ、車を車検に預け、代官山を経由して歩いて自宅に戻る。夕方からは奄美の作品のセレクトした物の最終的な画像調整に取りかかったのだが実際に出力できた物は20点程。コンパクトなカメラなのでデータの荒れは隠せない。最終的なサイズを決めて細かく調整しなければならないのだが、意外にも風景のデジタルデータと言う物を扱った事が余り無い物だから調整のつぼが掴めずに、何度も出力したりして時間だけが過ぎてしまう。

作業は結局リサンプリングしたサイズに問題がある事に気付き、どれか一点を集中的に仕上げ直して決定する事にした。今日の作業は全てが無駄と言う事になってしまったが、先走ってしまうのは仕方が無く、アナログのプリントと同じ事でこればかりは経験を重ねて行かないと、把握できない直感的な部分なのだと考えさせられる事となった。


1/27  昨日の仕上がりや請求書の発送などで昼過ぎ迄はスタジオを離れる事ができない。明日は撮影に使っている車を車検に出す事になっているので、その準備の為にやらなければならない事がけっこうある。

取りかかったのは3時頃になってしまったが、車検に通す為には、色々撮影の為に改造してある部分をもとに戻さなければならない。撮影に出ている時は、基本的に車内に泊まるので車内の後ろ半分は完全にキャンピングカーとして改造されているのだが、フェリーにのせる時の手続きなどの都合から、車両の改造申請は出しておらず、乗用車として3ナンバーで登録したままで使っている。

当然ながら、車検に通す為には全ての設備を取り外し、後ろの座席を取り付けてしまわなければならないのであるが、それがけっこう大掛かりな作業である。キャンピングカーと言っても、夏にレジャーで宿泊する訳では無いので、ー20度を超える寒さの中で、ちゃんと長期間宿泊できるように仕上げてある為、トイレこそ無いのだが、他の設備は全て整っているの。冷蔵庫やパソコンなどの為の大型のバッテリー、40リットルの保温された浄水のタンクや廃水設備、折り畳み式のベットと供にガスコンロやシンク、はたまたスタックした時の為の牽引装置や鉄製のステップやショベルと言った物迄が、後ろ半分のスペースにはびっしりと備え付けられている。それに加えて、寝袋や結露を防止する為の窓にはめる保温材のパネルなど、取り外さなければならない物は果てしなく多い。

天気が良いのと暖かいのが幸いして、装置の取り外しは順調に進み暗くなってからそれほど遅くなる事も無く車検に出せる状態迄漕ぎ着けた。更にオイルやフィルターを交換し、車の色々な部分を点検する。車齢が10年近いだけに色々注意しておかなければならない所が多くなって来ているように感じる。今年1年間路上で壊れる事も無く調子を保ってくれた事は感謝しても尽きる事は無い。

私は、機械に対して異様に感情を移入するたちなので、そばにいる時は絶対悪口を言わないように気を使っている。整備をして気持ちを込めてやれば絶対にその気持ちに答えてくれる物だと考えているのである。そんな折、しばらく動かして無かったセカンドカーの方を仕事で使おうと思っったらやはりと言うかエンジンが掛からない。手放そうと言う気持ちを勘付かれてしまったようでかなり不安である。


1/26 撮影は午後からだったのだが、午前中に銀行や現像所など、済ましておかなければならない事がけっこうある。少しずつ新年のペースに戻して行かないと、そろそろ確定申告もやって来る。

午後からの撮影は書籍の表紙が2本、それほど難しくは無く、夕方には終了する。撮影に立ち会った友人のイラストレーターは明日から出雲に行くと話していたが、私にはそこがどう言う所なのか漠然としか理解できず、彼女達を引き付けている神秘的な部分は今の所あまり興味が湧いてこない。全く未知の部分なのでいつかはちょっと覗いてみたいとは思うのだが、最近流行っているお払いとかが絡んでいるのだろうか?北海道で撮影した小さな神社の写真だが、今思うと、鳥居や変な灯籠のような物や、上から見てみると遺跡のようで確かに神秘的な構造には違い無い。

表参道迄車で納品に行き、後輩が機材を借りに来るのを待って自宅に戻る。

家で食事をしながら奄美の写真を何点かメール用に加工して知り合いに送り色々意見を聞く。人によって違った解釈はあると思うのだが共通の部分を分析して増幅し、イメージを強化したい。昨日下ごしらえしておいたイカの塩辛を夜遅くなってやっと漬け込む事が出来た。肝が小さかったのでやや不安だが、久しぶりなのでけっこう愉しみである。


1/24,25 朝早く起きたせいで8時前から作業を開始する。以前デザイナーの友人が、自宅と仕事場を同じ空間に持つ事こそが、最高に効率の良い作業環境を生み出すと言っていたのだが、その為には常軌を逸した強い意志も必要だと語っていた事を思い出す。まるで旅館にでもいるように8時には朝食も終えて仕事を始める事になったのだが、これは意志と言うよりはなにかここ最近の習慣のような自然な成りゆきと言った所である。

以前北海道のデータの時もそうだったのだが、機械的な作業は延々と続き数時間に一度休憩を取る以外は時計を見る事すら無い。24時間以上続けて作業したおかげで25日の昼前にやっと全ての処理を終了する。写真そのものがどの程度自分を引き付けるかと言う事になると、今の所かなり心細いのだが、だれもやって無い事だから、すすめる事こそが何よりの結果である。

先に書いたデザイナーの友人だが、都内のかなり広いマンションを突然引き払い、伊豆に引っ越したと言う知らせから連絡が途絶えていたのだが半年程たって人づてに首を吊って自殺した事を知らされた。あり得ない事では無いと思ってはいたのだが、飼っていたウサギの相談を最後の電話で、もう少し真剣に聞いておけば良かったとあとから少し思った。


1/23 昨日からズレ込んだスケジュールもあり、そこそこ忙しい一日。午前中は時間の許す限りデータの処理を進め、午後からは今年から新しく始まった月刊誌の表紙の撮影をすすめる。

渋谷の現像所にフィルムを届けたあとは、引き続きデータの処理を再開したのだが、昨日幾らか進めたせいで遅く迄作業する事も無くそこそこの所で切り上げて、あとは明日以降の週末に残す事となる。

今年始めてのスタジオ撮影としては順調なはじまりなのだが、掛かって来る電話は、なんとも頼り無い後輩からの機材を貸してくれと言った雑用で、年が開けても、やはりダメなやつは相変わらずダメである。


1/22 昨日連絡があって今日の撮影が明日にずれ込んだせいで、かなり落ち着いて旅の片付けを進められる。昨日メディアに移した物を今度はPCとMacにそれぞれ取り込むのだが、データ量は3ギガ程でこの前とくらべるとかなり楽である。途中2度程スタジオに雑用で出かける事もあったのだが、基本的には一日自宅で作業をすすめる事が出来た。

取りあえず全ての写真に目を通し色々考えてみるのだが、5日間の撮影ではやはり量的に物足りない。それはあと何日あれば良いと言う物では無く、限られた狭い島で、限られた季節では絵のバリエーションが少ないように感じるのである。確かにまだまだ努力すれば幾らでも被写体はあるとは思うのだが、より多くの目新しい物に巡り会い、発見と供に多くを撮影してこそ良いシリーズが完成する物なのかも知れない。

この5日間は余りにも長く、私もカメラもかなりくたびれてしまっているので、修理や改良を施した上で、次の被写体にできるだけ早く望むべきなのかも知れない。あまり経費が掛からないと言う所では沖縄辺りが良いのだろうか?

今回の奄美でもかなり気に入っている写真はあるのだが、もう少し色々なバリエーションが欲しい。なにか日本の原風景のような物では無く、誰も見た事のない絵が作りたい。


1/21 朝からかなり激しい雨が降り、夜が開けても少しも明るくならない。本来ならば今日は北側のビーチ周辺を撮影するつもりだったのだが、台風まがいの強風で車から出る事もできない。午後になれば幾らかは回復するとの事で、色々な所へ移動しながら、様子を伺っていたのだが、本当に雨の止み間は一瞬で、風にいたってはさらにどんどん強くなる。

今日が最終日なので、びしょ濡れになりながら何度もカメラを出すのだが、余りの暗さで、1カットも止まった物が無い。外に出ては戻る度に、疲労と睡魔で意識がおかしくなりそうなのだが、休む事無く撮り続け、結果は納得できる物では無いのだが、なんとか空港に辿り着き、天候調査中の東京行きに乗り込んでやっとの思いで旅を終える。

スタジオに機材を戻して自宅に戻り、近くのコンビニでビールを買って来る。旅行中と違って明日はゆっくり起きても良いのだと思うと夕食もしていないのだが少しは落ち着いた気持ちになって来る。それぞれの条件に必ずそれぞれのビジュアルが存在するとのポリシーで最悪の条件でもカメラを出し続けたのだが、今全てのカットを見ていると、その状況からはかけ離れたつまらない物に見えて来てかなりがっかりさせられる。一応全てをメディアに移し今日の所は休む事にする。


1/20 わずかではあるが天気が回復し、昨日撮れなかった加計呂麻島のいくつかの場所を撮る。3時前にフェリーで島を発ち、再び奄美の本島に移る。奄美に移ってからも途中1ケ所だけ暗くなる前に撮影し今日は名瀬のホテルに泊まる。

価格交渉の末、窓の無い部屋を、安く借りる事が出来たのだが、ベッドのスペースしか無い部屋で買って来た弁当を食べるのは、いささか気のめいる物がある。換気扇を掛けていないと息苦しいのだが、その騒音でほとんど眠れない。

名瀬の街は中々エキゾチックで面白そうだ。今度来る時にはゆっくり観光してみたい。帰りの便に狂いが生じている事をニュースで知り、幾らか不安になったのだが、こればかりはどうしようもない。


1/19 朝早く宿を出て近くの海岸を撮影する。釣りや工事の関係者でも無いのに、あまりに早く出かけるので宿の女将さんが不思議がっている。車に泊まっている時の習慣で、夜明けと同時に撮影を始めないと落ち着かない。

夜明け前からの雨は止む気配が無く、撮影中も時おり強く降り中断を余儀無くされる。10時頃の船に乗り車と供に加計呂麻へ。天気は相変わらずパットしないのだが、撮影が全くできないと言う程では無く、車がある分だけ天候を気にする度合いは少ない。

期待はあまりしていなかったのだが、やはりこの島もリアス式の海岸で少し退屈な風景が続くのだが、時おり南である事を思い出させるように熱帯植物が茂っていたり、緑色の入り江が見えて来たりする。それらを超えて興味を引くのは、数多く点在する小さな集落の様子である。全ての住居は異様に小さく低く、明らかにひと間しか無さそうで、到底現代の生活からは創造できないバンガローの様なのだが、ちゃんと人が住んでいる。もちろんそんな中にも、質素な物や豪華な物はあるのだが、殆どは小さくて質素である。

そしてそんな集落に、中学や小学校はそれぞれ存在し、ちゃんと子供がいるようなのがなんとも不思議に感じられる。恐ろしくいなかなのに人がいる。まあ昔であれば当たり前なのだが、、、、、、ただ本当に恐ろしく田舎で、車で走っているのに、道ばたに仕掛けられた罠に小さな猪が掛かって大暴れしている所に出くわした時は目を疑ってしまった。


1/18 かなり早い時間に宿を出て島の西側を回り始める。だんだん解って来た事なのだが、島の海岸線の殆どは本土と同じリアス式で、松ノ木なんかが生えている物だから何となく秋の始めに九州辺りを旅行しているような感じで、それ程遠くに来たような気分になれない。いわゆる南の島の広いビーチは、昨日撮影した空港周辺にしか無いのかも知れない。

一日島をほぼ半周し夕方になってやっと良いカットを1つだけだが撮る事が出来た。昨日予約した不愛想なビジネス旅館は、実は家族的な良い宿で、全てがぼろい事以外はまずまずである。

一日掛かりで島の上から下迄国道を使わずに海岸線や林道を廻った訳だが、未だなにか掴み切れない感覚に少しイライラした物を感じる。明日はこの古仁屋の港から加計呂麻に渡る。


1/17 朝の飛行機で奄美大島へ。東京から直行の便は1日に1便しか無いので小さい機内は満員だった。昼頃に到着した空港でレンタカーを受け取り取りあえず島の北側を一回りし、ビーチや堤防などで撮影する。天候はまずまずで気温はかなり過ごし易く、のどかな世界につい気を抜いてしまいそうになるのだが、ノルマのカットを次々にこなして行かなければならない。

日が暮れる頃、今回の旅の大きな愉しみでもあった田中一村美術館へ向う。日本画と言う物をあまり知らない私にとっても一村の存在はずば抜けて独創的に感じられる。まるで写真のように画面のダイナミズムだけでも見る者を圧倒し、それに加えて周辺に至る迄何処をとっても繊細さを欠いた部分が無い。初めてみる実物は私の想像をはるかに超えてデリカシーの塊の様に完成されている。

美術館自体がなにか場違いな造りで大袈裟なのは良いとして、観光地の土産物やよろしい案内のおじさんが、大声で解説しながら付いて回るのは美術館と言うより遺跡めぐりでもしている気分で興醒めさせられる。実際作品に触れるのはここだけだから、わざわざやって来た訳なのだが、何と作品の半分程はそれほど質の良く無い複製で、それをまことしやかに飾っているのはサービスなのか、勘違いなのか考えさせられてしまう所である。私の下調べが不十分だったのだが、現在本物は横浜の百貨店で大規模な巡回展の最中らしい。

地元にとっては美術館と言うよりは村おこしの観光資源だからそんな物だと諦めるしか無いようである。

北海道の時もそうなのだが、撮り始めてしばらくは、自分の空想とのギャップとの戦いである。とにかく数を重ね、その距離を縮める事が必要だ。銀塩のカメラで撮影している場合は、沢山の経験を重ねビジョンに慣れる為には、莫大なフィルムや経費を必要とするのだが、デジタルであればただひたすら消去してやり直すのみである。無駄は無いのだが、ある意味過酷である。


1/16 午前中は経理の処理などもあって忙しく時間に追われていたのだが、昨日予定どうり全てのデータ処理を終わらせたせいで、忙しいスケジュールではあっても心の中には幾らかの余裕が生まれたのを感じる。

明日から奄美大島に撮影に出向く為、ノートPCの初期化やカメラの設定など先週迄のデータ処理が終わっていなければならない理由があったのだが、全て終わってしまえば気分的には、1つ次のステップへ進んでいるのだと言う気持ちが不安な気持ちを少しだけでも押さえ込んでくれる。

今日昼間、少しの時間ではあるが、友人が講師をしている写真の学校の生徒達の訪問があった。去年授業に参加させていただいた事のある学校で、全く知らない環境では無いのだが、生徒達がスタジオや自宅の暗室にやってくると言うのはさすがに想像の付かない事体なので、幾らかは緊張して構えなければならないのだが、このところの忙しさで何も準備をする余裕が無く、本当にありのままをさらけだす事になってしまった。昼過ぎから夕方前迄新年の最初の授業を一緒に体験する事になってしまったのだが、なにかの役にたったのかは全く見当の付かない所である。

明日の朝の便で奄美大島に発つ。未だ宿も決まっていない状態で不安な所もあるのだが、初めて行く島なので行ってみなければ全てが解らない。カメラはブローニーの赤外と、今回のデジカメなのだが、未知の世界なので期待だけが膨らんで行く。いつかは島で暮らしたい。


1/15 一日中機械のように作業を進めやっとの事で全てのデータの処理を終了した。これで全ての写真を手に取って見ながら選ぶ事ができる。作業中何度か狂ったように止めてしまいたくなったのだが、なんとか持ちこたえられたのは未だ新年は始まったばかりだと言う気持ちのスタンスがあるのかも知れない。

ここにある物は全てイリュージョンである。日常では決してみる事のできない世界が眉唾の中に見えかくれする。それがリアリズムなのか誰にも解らない。そんな物を何とか完成させてみたい。

明日一日は雑用をこなし、奄美に行く準備も終わらせなければならない。プリンターの不具合で全てを出力できないのが残念なのだが、あまり眠れない夜を過ごすのもこの写真があればそれほど悪く無い。


1/14 深夜に腹痛に襲われ明け方迄あまり眠らずに朝を迎えてしまった。早くから昨日のデータ処理を進めようと思っていたのだが、動けるようになったのは9時過ぎである。体調の方は何とか回復したのだが作業の方はおかげであまり捗らない。

食事もとらず、集中してデータを処理しているのだが、夕方が近くなった頃、なにか音楽を聞きながら作業した方が効率が良いのではと思い、ヘッドホンステレオを使って色々な曲を聞くようになって、少しは気分が楽になった。機械的な作業が続いている事もあり、写真を選んでいる時も、少し感情的に勢いが付かないと思いつめてしまってしょうがないのかも知れない。

今回作品を仕上げているシリーズは基本的にはハウジングを使ったデジタルカメラによる空撮なので、どこかしらにカメラを操作している自分の姿が写り込んでしまう。それを消してしまう事も、レベル調整などと一緒に必ずソフトで進めなければならない事で、カット数が多いだけにその時間のかかりようも半端では無い。

今日処理した写真は100枚ちょっと。自分の姿を消してしまうのはなんだかとても寂しい物である。

この日記を書いていて今日の日付けが誕生日である事を思い出した。何度も誕生日を迎え年だけは重ねたのかも知れないが、今の自分の年令は一体いくつなのだろうか?子供では無いが老人でも無い。ただこの時間が刻む数字よりは余りにも未熟である事を感ぜずにはいられない。今急に年令に追い付くのは無理であるのかも知れないが、いつかはきっと年相応に他を寄せつけない作品を作ってみたいと考える。そして年相応の評価?そんな物があるのかは解らないが、私自身の作品と、人格が同時に理解される日がくれば生まれて、そして生きて来た事が初めて価値を持つのでは無いのだろうか。


1/13  朝早く昨日迄に処理の終わったデータをプリンターで出力し、請求書を整理して開いたばかりの銀行で入金を済ませる。去年の分とは言え凄まじい支払いで、資金をどの口座から用意して良いか、かなりの時間調整しなければならなかった。限り無く資金に関してはナーバスなのだが、作品に費やしているのは極僅かなので何とかしなければならない事だけは確かである。

午前中はスタジオで去年の片付けに汗をかき、1年振りの大掃除のような事もそこそこやってから、夕方前に自宅に戻り、昨日の続きのデータ処理を再開する。

深夜迄作業を進めたのだが、昨日の出力などを見ていると考え込んで中々捗らない。写真を選ぶと言う作業は、本来それほど難しい事では無いのだが、色々特殊な事情があって、一概にきめられず色々やっている内に時間だけが過ぎてしまう。もう少しで半分と言う所で力尽き、後はただ未処理のデータを眺めるだけで、休む事となる。

明日こそは溜っている年賀状に目を通そうと思っているのだが、なぜか無意味な気がして手が伸びない。別に返事を書く訳では無いのでささっと済ませば良いのだが、気分が苛立っていて、少し落ち着いてからなどと考えているうちに夜が終わってしまう。


1/12 久しぶりにベッドでゆっくり休んだので、朝早くから調子が良い。溜っていたいた日記をPCからマックに移し、久しぶりに更新する。今振り返ってみると長い旅のようなのだが、実際はそちらの方が日常なのかも知れない。旅行中の習慣で早く目が覚めてしまうので、狂ったようにデータの処理を行っているのだが、未だ1/4を処理したところで限り無く残っている。

年末の経理の処理をほったらかして出かけてしまった為、急ぎの入金をネットで処理しながら、明日は一日銀行や、問い合わせで埋まってしまいそうな感じであるが、写真の方は予想以上に時間が掛かり、週末の奄美の事を考えると、かなりのハードスケジュールを強いられそうだ。

部屋の温度は20度で、全て車内で過ごしていた時からは考えられない程暖かいのだが、それでも作業中は寒いように感じて25度以上迄温度を上げて全ての部屋を暖房する。人間のモチベーションは不思議な物で、ここに居て仕事をしているだけで快適で無いと腹がたつ。あまりにもしなければならない事が多いからかも知れないのだが、追い詰められて、首輪をはめられた様でちょっとした事が気にさわる。

ほとんど家から出る事の無い一日だったのだが、家事に割く時間は無く、未だクリスマスの面影も残っている。ベランダの電飾はもう一度くらい付けてみたい感じもするのだが、飲み物くらいはそろそろ片付けた方が良いかも知れない。昨日飾った鏡もちは、実はプラスティック製で中に切ったもちが入っている事に気付き、飾ってから食べようと思っていた私にはかなりなショックを与えている。ただのオブジェであったのなら、来年に取っておいても良かったような気分である。ネットも電話もつながっているのだが、ここに居る方が孤立して感じるのは何故なのだろう?


1/11 少し眠ったような感じで昼になり、機材をスタジオに戻した後、データのバックアップを取り始める。今回持って行ったノートPCはもう既に少しの余裕も無く、データは飽和状態なので途中からはメディアに焼く事も危険な状態だった。とにかくそれだけが不安の種だったのだが、バックアップが取れ、心の中の不安が少しずつ消えて行くのを感じる。7ギガのデータは6000枚以上の写真なので、普通のバックアップよりは全てに於いて時間が掛かる。

夜9時過ぎに全てをPCに取り込んでメディアにもバックアップを終了する。全ての写真を流しながらチェックしていたのだが、半分ぐらいの所で1時を過ぎてしまい、今日はこのくらいで終りにする。

部屋の中も昨日戻った時よりは少しは片付けた。忘年会の食材とかが冷蔵庫の中で腐っていたり、ベランダに50本近い飲み物が並んでいたりで電飾のスイッチを入れればすぐにクリスマスに逆戻りしそうな感じなのだが、忘年会でもらった鏡もちのセットを飾ってみて、少しだけ新年を味わってから寝る。


1/10 昨日苫小牧を発ったのが夕方の船なので、大洗には明るい内に着く事ができる。酒も飲まずにずっと寝ていたので体調はすっかり回復し、天気の良さも今となっては気持ちが良い。北海道ではあんなに曇りを切望していた事がなんだか嘘のように思い出される。

東京に戻ってすぐに、新年会の手伝いに行かなければならないので、時間に余裕は無いのだが、昨日迄とはうって変わって追われているような感覚は無くなった。新年会は十数人程度と言う事で、那珂湊迄行って市場でかなり沢山の鮮魚を買う。

かなり空いている高速を軽快に飛ばしたせいで東京に戻ったのは6時前、荷物も下ろさずに魚と包丁だけ持って新年会へ。またしても料理を作り続け、朝の6時頃にやっと帰宅。部屋の中は未だ去年の忘年会の面影が残っている。


1/9 昼過ぎ迄スタジオの内部を撮影し、2時頃に苫小牧に向けてサッポロを発つ。2日間で1メートル近い雪が降っただけに路面の状況は最悪だ。3時間以上も掛かったのだが、余裕を見て出て来たのでそれでも1時間近く余裕がある。フェリーは乗ってしまえば退屈するのだが、走っているのにくらべれば本当に天国だ。

2週間を超える撮影は全てデジカメだったので楽だと行って仕舞えない事も無いのだが、走行した距離は道内だけで2500キロ以上、撮影したデータはJPGであっても7ギガを超えている。6000枚を超える写真のセレクトは奄美に向う前に何とか終わらせてしまいたい。

来た時と違って船は満員で、寝台にいる以外居場所が無い。昨日迄続いていた頭痛が少しづつ軽くなって来るのを感じる。


1/8 朝起きるとかなりの雪が積もっており、ラジオからは札幌市内の大雪の話題が聞こえて来る。出かける7時頃になってもかなり降り続いており、車の運転に神経を使う。今回非常に気に入っていた、スキー用のサングラスで吹雪の時は運転していたのだが、先日車内で自分で踏んでしまって、あっさり壊れてしまって使えない。

大雪や吹雪の警報が出ている石狩地方に向い、海岸線で一日撮影する。撮影可能なギリギリのコンディションに、撮り終えた後はいつもより大きな充実感を味わう。今回はこれでひとまず区切りを付ける事が出来そうだ。

日がくれてからサッポロ市内を縦断し、南区にあるレコーディングスタジオに向う。関係者の方の好意で今日はスタジオの施設に泊めていただく事になったのだが、すばらしい施設にただ感心するばかり。何人かの知り合いと料理を御馳走になりながら夜遅く迄色々な話をする。またしても雪が降り始め、明日の事が少し心配だ。


1/7 またしても天気予報は外れ、1日曇る事は無く、晴天の中紫外線に目を傷めながら1日移動や撮影を繰り返す。雪の中で酷使して来たデジカメも少しずつトラブルが出始めている。かなりの労力と危険を顧みずやっとの思いで撮影した川のカットはなんだか今一つだったのだが、呆気無く撮影できた駅のカットが意外と良かったりで、本当に想像が付かない。

もう撮るアイデアは無いのかと思っていても、努力すると結果が付いて来る物でまだまだ諦めるのは早いように感じる。自分の力や感覚として少しずつではあるが、何かが身に就いて来ているのかも知れない。今日は少し街を離れ、ホロピリ湖の温泉で夜を過ごす。以前秋に来た時に良い作品を撮る事が出来た場所の近くなので、色々な思い出が心をめぐる。


1/6 旭川をこえて美瑛に出る。期待に反して天気は快晴で昨夜の雪が嘘のようだ。美瑛ではかなり無理のあるシチュエーションだが一応1カットを撮影し、曇りへの期待を抱き中芦別をこえて夕張へ向う。

なんとかカットを進めようとダムの中を長い時間歩いたのだが結果的には今一つ。雪の中を歩くのは辛く汗を流すべく夕張の温泉に入る。

明日からは一体何を撮れば良いのだろう?天気が曇ってくれれば幾らか見えて来る物があるのだが。


1/5 乾いた空の下、長い距離を走り昼を過ぎる頃から峠道になりやっと少しずつだが撮影が進む。日没間近の雪の中でやっと気に入ったカットを撮影する事が出来た。気温は氷点下10度近く、車に戻った時には髪の毛が全て凍っていた。

激しく降る雪の中、車の運転はさすがに限界で、旭川の手前で泊まる事にする。いつが終わりなのか自分でも解らない。今日は1カット。自分の中で控えめに喜んでみる。


1/4 オホーツク海側に出てからは乾いた空が眩しい晴天が続き、今一つデジタルの撮影には不向きな状態が続く。1日ノシャップ周辺を回ってみたが、見切りを付けて再び内陸部に移動する事にする。長い距離を走り途中何度か撮影したが今一つピンとこない。

日が沈む頃、釧路を超えて阿寒湖に向けて北上する。今日は釧路湿原の先の阿寒町で夜を過ごす。


1/3 今年の旅行の中で初めて車内の温度がー10度を超えた。朝起きるのに6時前から空気の冷たさで目がさめる。近くの公園で日の出過ぎ迄撮影し、車で出てからは摩周湖の展望台を撮ってから、野付半島に向い日没迄撮影する。

今年は暖かく、野付半島付近も氷が解けている。激しい雪の後びしょ濡れになって車内に戻る。


1/2 朝車で出かけてすぐに良い被写体に巡り会う。興部の少し手前の神社なのだが、朝日が差し込んで良い感じだ。

網走を超えて長い距離を走りながらいくつかのカットを撮る。日没は鉄道のレールを撮りながら迎え、摩周湖迄走って今日は湖畔に泊まる。たとえ1ページであっても写真集の素材を作っている意識の中で少し元気づけられる。


1/1 今日は以前撮影した羽幌町の廃虚に向う。久しぶりにデジカメで無く、モノクロの撮影に望んでみようと思ったのだが、30分程で切り上げて新しい場所を探しに出かける事になる。

かなり長く山岳地帯の国道を走り、日没まぎわにやっと1枚心に留まる物を撮る。何を撮るべきかいつもの事だが考えさせられる。


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